第2話 中学生×中学生×未亡人
「だからっ! なんでハル姉はいっつもいっつも先に抜け駆けするのっ!?」
「ナツだってお母さんに甘えてるじゃん!」
「それとこれとは話が別!」
「まぁまぁ……落ち着いて」
昼下がりの円卓では、小さな女の子達による、とても小さな──────とても温度のある。喧嘩が起こっていました。
─────遡ること一〇分ほど前。
私は幼稚園に通っている子どものお迎えまで時間が空いてしまい、話し合いができると噂の喫茶店に足を運んでみることにした。
聞くところによるとそれは穏やかなティータイムに、悩み事や日々の
そのため、その円卓に着いたのだけれど……目の前に居たのは姉妹らしき中学生達。しかも何やら厳めしい顔を作っていた。
私が現れた瞬間、二人は顔色を変えて飛び付き、この喧嘩の判断─────もとい仲裁役に駆り出されたよう。
「だって! 元はと言えばハル姉が先に渡しちゃったのが悪いんじゃん!」
「それは塾に行ってたからで! 待ってくれれば良かったのに!」
「お父さんは夜に仕事に行っちゃうんだから誕生日じゃなくなっちゃうよ!」
「あの…………二人とも? ちょっと落ち着いて?」
と、事が始まり冒頭に……。
どうやら二人は父への誕生日プレゼントを一緒に渡そうとしていたところを、不在になると判断したお姉さんは妹を置き去りに渡してしまったらしい。
なんて可愛らしいのやら。
私はつい、子どもの成長した姿を想像し微笑んでしまった。
不思議に思う目先の二人は、口を挟むことなく黙視し続ける。
だが、二人はやはり解せない顔をしているままだ。
「あぁ、ごめんなさい。つい息子のことを思い出して」
「「…………?」」
「大丈夫。それよりも二人とも。とりあえずごめんなさいして」
「ごめんなさいって…………あたし達そんな子どもじゃないんですから」
「いいから。はい、『ごめんなさい』」
「っ……ぅぅ……」
二人の姉妹はどちらからともなく顔を見合わせると、バツの悪そうな表情で謝り合った。
けれど、心中ではやはり禍根が残っているようだ。
私はようやっと届いたキャラメルラテを一口触ると、二人の小さな子供達ににこりと微笑んだ。
「お姉ちゃんも妹ちゃんも、どっちも悪くないんだよね。ただちょっと、気持ちが焦って相手に当たっちゃっただけで。大丈夫、二人の気持ちはお父さんに届いてるよ」
「「…………!」」
「けど、今回の二人のやり方はちょっと不味かったかな。次同じことが起きたとき、どうすればいいと思う?」
教育者のように、教育者であれたなら。
私は救われるべきこの子供達に、アドバイスをかけた。
何も私は学校の教師でなければ、監督やコーチでもない。ただの専業主婦だった人間なのだから。未亡人となり、一児の母でありながら職を探し職に追われ今なお仕事に苛まれている。
夫が先立つことがなくても、このような事例には遠かれ近かれ発生し直面しなければならなかったことだろう。
いずれ
何れ
どのような形であっても。
─────端で。
二人は悩み、しかめっ面で考え込んでいた。
傍目で見ている限りは、仲睦まじい光景だ。
「塾の時間早く帰るようにする!」
「お父さんの仕事ちょっと待ってもらうとか?」
「でも、それだとお父さんに迷惑かけちゃう……」
「朝渡すとかは!?」
「寝ちゃってるよ……」
うーん……。と再び唸る少女達。とっくの昔にココアは冷めてるだろうに、こちらは何とも優しく心地よく温かいのだろうか。
「私はよくは分からないけど……一緒に時間を過ごしてるときはどうかな?」
「……! 夜ご飯の時!」
「!!」
お姉さんの方がそう発すると、妹ちゃんの方は心機一転。喜びとワクワクに満ちた顔で手を繋ぎ合っていた。
確かに、大人の頭では考えたら一発で分かることなのかもしれない。けど、こうして幼子の成長を見届けることは、替え難き尊い事なのだろうから。
そしてそれを、共に眺める相手は、恐らく私ではない。私では、できない。
口にしたカップを置くと、大きな吐息を零した。
「じゃあ、それで決まりだね」
「うん! ありがとう!!」
「ありがとうございます!」
少女達はカップの中を空にすると、満面の笑みを浮かべてこちらを見やった。
兄弟姉妹などはもう今更遅いではないか。誰が悪いでもないのに、そう誰かが諭す。
「お姉さんはなんでここきたの?」
「……私? もうお姉さんって年でもないのに、ありがとうね」
「どっちかっていうとお母さんみたい!」
「そうね……。私もお母さんよ。あなた達よりも小さな子が居てね。お父さんはいないけど、頑張ってお金を稼いで子どものことを見てるのよ」
「へぇ〜! なんかお母さんだけどお父さんみたい!」
「……っ」
妹ちゃんの方が、そんな言葉を投げかける。お姉さんは「お母さんはお父さんになれないんだよ」と訂正している。が、あながち間違いとも取れない。
「そうね。お父さんみたいなものね」
「じゃあさ! じゃあさ! お父さんの分まで褒められないと駄目だよ!」
「お父さんの分まで……?」
「そう! だって私のお母さんもお父さんとずっと仲良くして偉い偉いって褒めてるんだもん! だからお姉さんもそうじゃないと駄目!」
「うん!」
そんな事、ただの一人にも言われたことがなかった。夫を早くに亡くして寄る辺もなく生きてきた自分にとって、その言葉は軽々しく、なのにとても受け止め難かった。
誰かに話を聞いてほしかったんじゃない。誰かに努力を認めてほしくてここに来たのだろう。
自分でも気付きはしなかったことに気付かされるとは私もまだまだ幼稚だ。
「……ありがとう。あなた達のその言葉がとても元気を貰えるわ」
「? そう? もっとたくさん褒めるよ!」
「お姉さんと子どもの話もっと聞かせて!」
「はいはい、そうね……」
気付けばあっという間に時間は過ぎて、子ども達は帰って行った。次いで私も店を後にし、夕暮れの涼風に髪を抑える。
「ウチの子もあんな風に育ってくれると良いわね」
ふわりと微笑んだ時に、少し力が漲った。
茶色の円卓 上海X @alphaK
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