7.終わりに
綾香は僕と同じ年だ。僕たちは東京で知り合った。僕が綾香の通う女子大の大学祭に行ったのがきっかけだった。地方から東京に出てきて、東京の大学に通っていた僕と違って、綾香は生まれも育ちも東京だった。何もかも奥手の僕とは違い、綾香は積極的だった。まさに自分の人生は自分で切り開くという考え方をしていた。僕はそんな綾香に魅かれた。
綾香も僕に対して好意を持ったように思った。僕が付き合いたいと言うと、綾香は笑ってこう言ったのだ。
「いいわよ。だけど、一つだけ条件があるの。私と付き合ってることは、誰にも内緒にして欲しいの。家族の者にも友人にも絶対に秘密にして欲しいのよ。だから、私のことは一切記録に残らないようにしてね。私の電話番号も携帯に残しちゃダメ。電話したら、番号は必ず消去してね。・・・どうしてって? 決まってるじゃないの。『ヒミツの恋』の方がスリルがあって、お互いに魅かれあうためよ」
僕はこれが東京の女性の考え方かと思った。そして、綾香の条件を承諾したのだ。
僕たちは東京でデートを重ねた。
僕は綾香に言われた通り、二人のことは誰にも言わなかった。そして、綾香のことは一切記録には残さなかった。デートの日を手帳にメモすることもしなかったし、綾香に言われたように、電話したらその記録はすぐに削除した。
僕は綾香との『ヒミツの恋ごっこ』に夢中になった。僕だけではなく、綾香も僕のことを秘密にしてくれた。そして、綾香の言ったとおりになった。誰にも話してはならないという制約が、僕を燃え上がらせたのだ。そして、付き合えば付き合うほど、僕は綾香の底が知れない妖しい魅力の虜になっていった。
もうすぐ卒業というある日のことだ。僕たちは大学をさぼって、初めて東京以外の土地でデートをした。その土地が、ここで紹介した吉備中央だった。僕も綾香も吉備中央という町には何の縁もゆかりもなかった。ただ、綾香が吉備中央という名前を告げて、僕と二人で行きたいと僕を誘ったのだ。
僕たちはここでも『ヒミツの恋ごっこ』を忠実に実行した。羽田から岡山桃太郎空港には別々の飛行機で向かった。僕が先に着いて、空港でレンタカーを借りた。そして、次の便でやってきた綾香を車に乗せて、僕はここに書いた順番に、つまり、道の駅かよう、妙本寺番神堂 、鳴滝森林公園、宇甘渓自然公園、円城ふるさと村の順番にまわったのだ。
この順番は自然が大好きな綾香のために僕が決めたのだ。そして、最後の円城ふるさと村で・・・僕は綾香にプロポーズするつもりだった。そのために、東京で買った指輪をバッグの中に忍ばせていたのだ。
そして、円城ふるさと村を二人で散策した後で、根本稲荷の赤い鳥居にもたれて、綾香は僕にこう言ったのだ。
「あなたとはもうお別れね」
えっ
僕は
茫然とする僕を見ながら、綾香は
「私ね、大学を卒業したら結婚するの」
結婚! だ、誰と?
「お相手はね、日本を代表するA財閥の一人息子さん。私たちは、私が女子大に入ったときから付き合ってたの」
・・・
「だから、あなたとは・・もうこれでお別れしたいの」
えっ、ということは、綾香は僕と付き合いながら、その一人息子とも付き合ってたのか! これって、二股? 浮気?・・二刀流?
僕の身体から力が抜けた。ひざに力が入らず、ガクガクと震えた。
綾香は二刀流で、僕とその一人息子の二人と付き合っていたのか! 僕の口から思わず声が出た。
「そ、そんな! どうして? 綾香も僕とあんなに楽しく付き合ってたのに! 僕は綾香を手放すことなんてできないよ。綾香が、その一人息子と結婚するって言うんなら、僕はその息子に会って、綾香と付き合ってたことを洗いざらいに話すよ」
綾香は鼻で笑った。
「フン・・あなたと付き合ってたですって? あなた、一体何を言ってるの? どこに、そんな証拠があって? あなたと私が付き合ってたなんていう証拠はどこにもないじゃないの」
えっ、証拠?
僕がたじろぐのを見て、綾香は勝ち誇ったように言った。
「あなたなんて、私にとって所詮、お遊びの相手なの。思い上がらないで頂戴。あなたのような貧乏学生が私に本命として付き合っていただけると本当に思ってたの? こりゃ傑作だわ! ハハハ、ハハハ、ハハハ・・・」
綾香の甲高い笑い声が、誰もいない根本稲荷の中に響いた。
僕の頭に血が上った。
そうか、そうだったのか! それで、僕に何もかも秘密にさせたのか! 綾香は僕を切り捨てるために、何もかも秘密にさせたのか!
気がついたら・・・僕の手が、綾香の首を締め上げていた。綾香はすぐに動かなくなった。
僕は綾香の死体をレンタカーに乗せて走った。どこをどう走ったかなんて・・まるで覚えていない。そして、吉備中央の人知れぬ山中に死体を埋めた。
あれから何年も経つが・・・綾香の死体はいまだに発見されていない。綾香と僕の関係は誰も知らない。
そして、もし推し活をしてるかって聞かれたら、僕はこう答えるのだ。
「もちろん、してるよ。ただし、僕が推してるのは人じゃないよ。吉備中央という町なんだ! 吉備中央にはすばらしい自然とすばらしいものがあるんだよ。だから、僕は一番に吉備中央を推すんだ」
そして、僕は思いを
了
僕は吉備中央に恋をする 永嶋良一 @azuki-takuan
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