ある日のこと⑦

 あれから時間は流れ、放課後になりました。一年生は一足早く下校し、自分の家に帰ります。たまに寄り道をする子もいますが。


 そんな中、優希くんは全速力で走っていました。一体何故、こんなにも全力で走っているのでしょうか? それは……


「大和っ、遅れてごめん!」


 優希くんが遅刻をしたからでした。


 公園の時計台の前で待っていた大和くんに謝る優希くん。でも、息を切らしていてほとんど声になってませんでした。大和くんもそんな優希くんを見て、言いました。


「大丈夫だよ。走ってきたから許すよ」

「サンキュ!」

「えっ」


 今さっきまで息を切らしていたのに、突然元気になった優希くんに驚く大和くん。無意識に声が漏れていました。が、優希くんは全く気にしてないようでヘラヘラとしています。


 大和くんは優希くんに疑いの目を向けました。もしや、そこまで走ってないのでは……? と。けど大和くんがそう聞く前に、優希くんが先に口を開きました。


「今日さ、野菜ニョッキ広場いかね? 新しい野菜出来たらしいぜ」

「え、野菜ニョッキ広場……!?」


 まさかの野菜ニョッキ広場という言葉に、意味もなく聞き返す大和くん。そしてその一瞬で、“優希くん全く走ってない疑惑”が頭の中から消え去ってしまいました。


 優希くんが行こうと言い、大和くんが驚いた『野菜ニョッキ広場』とは、野菜のオブジェが沢山置いてあるので子供達の間で野菜ニョッキ広場と呼ばれている公園です。


 もう一度言います。野菜ニョッキ広場は広場ではなく、本来は“公園”です。……遊具は一つもありませんが。


 そして、ニカッと笑う優希くんに大和くんは苦笑いを浮かべました。


「あんな所行って楽しい?」


 と。

 公園なのに“楽しい?”と聞かれる始末。しかも、あんな所呼ばわり。……大和くん、君結構言うのね。


 一方、優希くんは愉快そうに笑っていました。大和くんの気持ちが分かるのか頷きつつ、言います。


「でも新しい野菜見たくね? オレの予想だと枝豆だと思うんだよな」

「何で?」

「オレが枝豆好きだから」


 その言葉を聞いた瞬間、大和くんの顔がチベットスナギツネのようになりました。スンとした目で優希くんを見つめます。すると、優希くんも負けじと、同じ顔をしました。無言で、何とも言えない顔をする二人。


 こうして優希くんと大和くんは野菜ニョッキ広場に行くことに決まりました。


 ──────────────────────────────


「ほらやっぱり! 枝豆だって言ったろ!」


 野菜ニョッキ広場に着いて早々、優希くんは新しい野菜――しかも枝豆――を見つけ、嬉々として走り出しました。新しいオブジェがまさかの枝豆で、しかも優希くんの予想が当たっていたことに驚く大和くん。もう優希くんは大はしゃぎです。しかし、


「飽きたな……。特に面白いワケでもねぇし。」


 遊具でもない枝豆のオブジェに優希くんはすぐに飽きてしまいました。今さっきまで枝豆のオブジェに興奮して笑顔だったのに、もう興味無さげにしています。……まぁそりゃそうだ。


 大和くんなんて枝豆のオブジェなんて初めから無かったかのように、別の公園に行かない? と優希くんを誘い、野菜ニョッキ広場を後にしようとしています。すると──────


「やっぱり優希と大和くんだ。二人ともこんな所で何してるの?」

「へ? ──────!?!?」


 聞き覚えのある声が背後から聞こえ、優希くんと大和くんは振り返りました。そして、二人は目を真ん丸くして驚きます。なんと、そこにはメリッサちゃんがいたのです。


 何でここに!? とメリッサちゃんと同じことを思う優希くんと大和くん。でも、二人が驚いていたのはそれだけではありませんでした。メリッサちゃんの両隣には背の高い金髪の外国の人と、優希くんが恋してるあのお姉さんがいたのです。しかも二人共メリッサちゃんと手を繋いでいるではありませんか。


 混乱し自分の目を疑う優希くんと、一瞬で状況を把握し、察する大和くん。そんな優希くんを置いて、あのお姉さんも驚いたように口を開きました。


「あれ? 君、もしかしてヒーロー君?」

「ヒーローくん? なにそれ?」


 首を傾げるメリッサちゃんに、お姉さんが優しく説明しました。


「ほら、話したでしょ。この前風で帽子が飛ばされた時に男の子が助けてくれたって。その時の子がこの子なの」

「え!? あれって優希だったの!?」


 ヒーロー君の正体が優希くんだと知り、驚くメリッサちゃん。隣で話を聞いていた男の人も同様に驚いていました。世間は狭いとはまさにこの事ですね。


 そして、ここにきてやっとフリーズしていた優希くんが動き出しました。ぎこちない笑みを浮かべてメリッサちゃんに話しかけます。


「いやぁ、実はそうなんだよ〜。ていうかメリー、このお姉さんと知り合いだったんだな。ははは……」

「知り合いもなにもママだもん」

「え……?」


 0.3秒、優希くんの脳みそが停止しました。そして、


「で、こっちがパパ」

「……?」


 視界が真っ暗になりました。


「こんにちワ! メリッサをよろしく! ヒーロークン! HAHAHA!!」


 動かなくなった優希くんの小さな手を優しく包み込み、握手するメリッサちゃんのお父さん。隣にいる大和くんにも「娘をよろしく!」と爽やかな笑顔で挨拶しました。


 こうして優希くんの初恋は終わったのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒーローになれる条件 鬼屋敷 @oniyashiki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ