No.9【ショートショート】あめのふるくに

鉄生 裕

あめのふるくに。

この国は、世界で一番平和な国となった。


なぜこの国は世界で一番平和な国になったのか、

きっかけは一年前のあの日だった。




~一年前~


その日、人々が寝静まったその頃、空から飴が降ってきた。

雨と飴を間違えているわけじゃない。

本当に、空から飴が降ってきたのだ。


朝起きてニュースを見た人々は、いよいよこの国のメディアもお終いだと笑い呆れたが、

家から出て道路を見た人々は、自分の目を疑った。


そこかしこに、何色もの飴が落ちていたのだ。


ニュースで言っていたことは本当だった。

本当に、飴が降ってきたのだ。


摩訶不思議な現象に怯える者もいれば、

興味本位で空から降ってきた飴を食べる者もいた。




~一ヶ月後~


人々が飴の謎を解き明かそうと躍起になっている最中、

その国に新種の疫病が蔓延した。


軽度の風邪ですむ者もいれば、最悪の場合死に至る者もいた。

人々は飴の謎だけでなく、この疫病の謎も解決しなければならなくなった。




~二ヶ月後~


飴の謎は依然謎のままであったが、この国の博士であるポールソン博士が

一ヶ月前に発生した疫病の謎を解明した。


その疫病は、空から降ってきた飴が原因だった。

空から降ってきた飴が溶けだす際に、人間にとって有害な菌が発生することを

ポールソン博士は見事発見したのだ。




~三ヶ月後~


人々は摩訶不思議な飴と新種の疫病に少しずつ疲弊し始めていた。


そして人々の疲弊や苛立ちと比例するように、

この国の犯罪率も日に日に増えていった。




~四ヶ月後~


またもやポールソン博士は世紀の大発明をした。


なんと、疫病に効く薬を発明したのだ。

その薬を飲めば疫病に感染することは百パーセント無く、副作用も一切無いのだ。




~五ヶ月後~


ポールソン博士が発明した薬の投与が徐々に開始された。


発明から一ヶ月が経ち、薬を投与された人は国民の一割程であったが、

来月には国民の約半数程が投与できる見込みだと国は発表した。




~六ヶ月後~


国が発表した通り、その月の終わりには国民の約半数が薬を投与されていた。


なかには薬の投与を嫌がる者もいたが、

それでも残り半数の国民のほとんどは、自分の順番はいつになるのかと

薬の投与を待ちわびている者がほとんどだった。




~七ヶ月後~


この頃になると、国民の八割近くが薬を投与していた。


そして未だに薬を投与していない人に対しては、

国がわざわざその人の家まで医師を派遣して薬を投与するという施策まで打ち出した。




~八ヶ月後~


国の施策のおかげで、薬の投与率は国民全体の九割以上にもなった。


疫病の発生から約半年ほどでこれは実に素晴らしいことだ。

人々は自国の迅速な対応に感心し、感謝した。

国民の幸福度が一気に上がると、当然犯罪率は今までに類を見ないほどガクンと下がった。




~九ヶ月後~


国民全体の九割以上が薬を投与したとはいえ、未だに薬を投与していない人も当然いる。


国はそんな人々に対し、罰を与えることに決めた。

拘束して無理矢理薬を投与するような酷い真似はしない。

その代わり、彼らにはとある施設に入ってもらい、

この薬がいかに重要かという話を朝から晩まで毎日聞くことになる。

そして納得して薬を投与した人は、この施設から出て今まで通りの生活が送れるのだ。




~十ヶ月後~


どこの国にだって、頑固者はたくさんいる。


薬を投与されるくらいだったら、この施設にいる方がマシだ。

彼らは毎日、薬の大切さについて朝から晩まで説明された。

そして当然、彼らは外の様子なんて知る由も無かった。




~十一ヶ月後~


その頃には、この国での犯罪率は零パーセントになっていた。


人々は国に感謝し、国のために汗水を垂らして働く。

朝起きて学校や仕事へ行き、寄り道もせずに家に帰ると家事をしてぐっすり眠る。

規則正しい生活で生産性をあげることが、この国への感謝の方法であり

この国が他国に負けないくらい発展するための国民の義務だと彼らは思った。




~十二ヶ月後~


「さすがポールソン博士、まさか一年で目標を達成させるなんて」


黒い服を着た男たちの一人が、ポールソン博士に向かって言った。


「いえいえ、皆さんの協力あってこそですよ」


「それにしても、この国の国民がこれほど馬鹿だったとは」


「そうですね。飴が降るなんて、そんな馬鹿げたことをいとも簡単に信じるとは」


「全国にいる我々の仲間が、夜中のうちに道路に大量の飴をばらまいた。そして朝にフェイクニュースを流しただけで、本当に飴が降ったのだと皆が信じこんだ」


「なかには注目を浴びたくて、わざわざ空から飴が降ってくる映像を合成で作ってSNSにあげる者までいたくらいですからね」


「飴が嘘なのだから、疫病も当然嘘だ。毎年あの時期はインフルエンザや風邪が流行るからな。でも、空から降ってきた飴を信じた人々は、疫病なんてより現実味を帯びたものはいとも容易く信じる。だって、飴が降るなんて摩訶不思議な出来事を信じるくらい馬鹿なんだから」


「疫病を信じた人々は、当然私の開発した薬を投与したがる。この薬が、彼らにどんな影響をもたらすか知りもせずに」


「博士の作った薬は本当に素晴らしい。この薬を投与されたものは、徐々に感情を失っていく。感情を失った人間は、ひたすらに生産性のある作業しかしなくなる。これほど勤勉で勤労な者が多い国は、他には無いだろう」


「それだけではない。感情が無くなれば、当然余計な争いもしなくなる。一年前、この国は他国に対して戦争を起こそうと密かに準備を進めていた。しかし、戦争ほど愚かな行為はない。自分たちが犯そうとしている過ちは、自分たちで止めるしかないですから」


「そうですね。博士はこの国の国民に愚かなことをさせることなく、他国ならずこの国自体を救った英雄です。さて、これからどうしましょう?この国の人間は、もはや効率のいい機械のようなものだ」




その国は、世界で一番平和で

そして、どこか少しおかしな国だ。

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No.9【ショートショート】あめのふるくに 鉄生 裕 @yu_tetuki

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