第169話 学園祭二日目⑥
「それで?なんでいるんだ?」
「いえ、晴翔さんが学園祭でその美声を披露するとお聞きしまして、馳せ参じたわけっす」
「それは誰から聞いたんだ?」
「え?普通にお仕事として依頼があったみたいっすよ?出演料も出てるみたいっす。別にいらないんすけどね」
「いやいや、流石に六花をタダ働きさせられないよ。でも、六花がいると心強いよ。今日は頼むよ、相棒」
「はいっす!」
俺の問いかけに、六花は笑顔で敬礼を返した。
「2人には後で話を聞くからな」
「あはは、やっぱりー?」
「ん、わかった」
きっと、楓と彩芽が何か知っているんだろう。さっきの話ぶりから、何か企んでいたのは間違いない。それにしても、六花も教えてくれればよかったのにな。
「そろそろ、準備お願いしまーす」
「「「はーい」」」
前のバンドが最後の一曲になり、次はいよいよ俺たちの番である。運営の生徒に言われるがまま、俺達は準備を始める。
「結局、リハは出来なかったけど大丈夫か?」
「ん、問題ない」
「問題ないよー」
「先輩方は問題ないですよね。むしろ、勅使河原先輩の方が心配ですよ」
「なんだとぉ!?」
結局最後まで、この2人は喧嘩をしているが、これも仲が良い証拠なのだろうか?俺が呆れて眺めていると、後ろから服を引っ張られた。
「晴翔さん、晴翔さん」
「どうした?」
「今日は、最後の曲はデュエットですけど、他の曲はハモリで入って良いですか?」
「別に構わないけど、できるのか?」
一緒に歌うなら、六花ほど相性がいい相手はいないのだが、即興でハモリを入れるのは難しいのではないだろうか?
「ちっ、ちっ、ちっ。僕をなめてもらっちゃ困るっすよ?これでも、歌には定評があるんすから」
「まぁ、確かに六花は歌上手いもんな。綺麗な声してるし」
「き、綺麗だなんて、もうっ!」
六花は俺の肩をバシバシと叩く。
「り、六花、い、痛いよ」
「あわわわ、ごごごめんなさいっす!つい嬉しくなちゃって」
六花は慌てた様子で必死に謝るが、すぐに調子を取り戻し本番に向けて調子を整え始める。
前のバンドの曲も終盤に入り、いよいよ俺たちの出番となる。
「もうすぐ終わりますよー」
再度、運営の生徒から声をかけられ、俺達は一箇所に集まった。
「こういう時は円陣が組みたくなりますよねっ!」
「おぉ、たまには良いこと言うな」
「勅使河原先輩に褒められても嬉しくないですよ。それにたまにってなんですかっ!?」
「本当のことだろ?てか、なんで俺にだけ突っかかってくんだよ!?」
「私が悪いんですか!?」
本当にこの2人は水と油だな。俺達は、呆れながら2人を見ていたが、今日はやけに絡みが長いので、俺は楓にそっと耳打ちする。
「楓」
「ひゃっ」
ん?なんかいま聞こえたような?
「・・・何?」
「今なにかー「それで、何?」」
頬をほんのり赤く染め、耳を手で押さえながらこちらを睨んでいる楓。
「え、えっと、あの2人をどうにかしてくれないか?頼むよ、楓にしか頼めないんだ」
「私にしか、頼めない・・・」
「あぁ」
正直言って、あの2人のことは楓に頼むのが手っ取り早い。あの2人は楓の言うことしか聞かないしな。
「そっか、私にしか頼めないんじゃ仕方がない。うん、仕方ない」
楓はちょっと機嫌がなおったのか、こくこくと頷きながら2人の元へと向かった。
「おい、最近特に突っかかりすぎじゃねぇかぁ!?」
「先輩が、楓先輩を諦めてくれれば丸く収まるんですよっ!!」
「なにをっ!?」
「なんですかっ!?」
ぐぬぬっと2人は火花を散らしながら睨み合っている。そんな中、マイペースにも近づく楓。俺が頼んだんだが、大丈夫だろうか??
2人の近くにたどり着いた楓は、しばらく2人の言い合いを見守っていたが、痺れを切らしたのか、口を開けた。
「紅葉、おいで」
「はいっ、先輩っ!!」
楓が声をかけると、さっきまでの険しい表情が嘘のように、デレデレとしたものになり、紅葉は凄まじいスピードで楓のもとへ移動した。
「楓先輩、なんですか!?」
「ん、もう始まるから大人しくしてなさい。紅葉、ステイ」
「はいっ!」
紅葉はビシッと背筋を伸ばし、楓のすぐ近くで待機している。
それにしてもステイって、紅葉は楓のペットなのか??
「てっしー、ステイ」
「は、はいっ!」
何故か俊介まで、楓のペットになっていた。
「せ、先輩、このバンド大丈夫っすか?」
「あ、あー、うん。多分大丈夫」
「まぁまぁ、大丈夫だってー。心配しすぎだよー、六花ちゃんはー」
相変わらず間延びした喋り方をする彩芽。彩芽も3人に近づいていき、なんだか盛り上がっている。その様子を見ていた俺と六花は、ふと目があった。
「僕たちも行くっすかね」
「そうだな」
俺達は再びメンバー全員で集まると、今度はしっかりと円陣を組んだ。そして、俺達の順番が回ってきた。
ーーーーーーーーーー
「はい、お疲れ様でしたー」
バンドの演奏が終わり、司会の生徒が場をつなぐ。
「では、次のバンドの準備がありますので、しばしお待ちください。お待ち頂いている間に、次のバンドの紹介を致しますねー」
残すは晴翔達のバンドのみで、今までのバンドの演奏で、場の雰囲気はかなり温まっていた。次が最後ということもあり、生徒達は期待を込めて次の演奏を待っていた。
「では、次のバンドの紹介ですっ!次のバンドはなんと、現在HARUとして世の女性達を虜にしている人気絶頂の齋藤さんがボーカルを務めます」
晴翔の情報が出た瞬間に、場の雰囲気はキッパリと二つに割れた。
「きゃあぁぁぁ、HARU様ー!!!」
「齋藤先輩ー!!」
割れんばかりの女子生徒達の黄色い声援が響く一方。
「くそっ、相変わらず人気者だな」
「何かイベントのたびに女子を独り占めしやがって」
男子達からはいつにも増して、怨みのこもった声が上がった。
「うわぁ、流石にすごい人気ですねぇ。さてさて、では準備が整ったようなので、演奏の方よろしくお願いしますっ!!」
司会の掛け声に合わせて演奏が始まり、暗転していたステージがライトに照らされた。
「お、おい、あれっ!」
「な、なんで六花ちゃんが!?」
演奏が始まると、初め晴翔に向けられていた視線が、すぐ隣にいる美少女へと向けられた。今回の学園祭では、お笑い芸人などのゲストが来たりしていたが、全て事前にパンフレット等に紹介されていた。
しかし、立花に関しては何の前情報もなかった。そのため、いきなり現れた美少女に、テンションが下がっていた男子達も息を吹き返した。
「なんでか知らないけど、やべー!!ちょー可愛い!!」
「六花ちゃーん!!」
男子生徒達の声に気付いたのか、六花はニコッと笑顔を見せると、手を振って応えた。
「やばい、今俺に笑顔を向けてたよな!?」
「いやいや、俺だっただろ!?」
「バカ言うなっ、俺だったぞ!!」
アイドルなんかのコンサートでよく起こる現象が、この体育館でも起こっていた。そして、そんな男子達を見て、女子達は呆れていた。
「また男子達がバカやってる」
「身の程を知りなさいよね?」
「六花ちゃんは、HARU様の彼女だって事務所も認めてるのに。それに」
男子達は舞い上がって気にしていなかったが、女子達はすぐに気づく。晴翔は会場全体に気を配っているのか、皆んなに笑みを向けたり手を振ったりしているが、六花が手を振ったのは冒頭の一回っきり。それからと言うもの、六花の視線は常に晴翔に向けられていた。
「完全に乙女の表情なのに気づかないなんて」
「まぁ、良いんじゃない?へこまれてもうざいし」
「確かに」
その後もバンドの演奏は順調に進んでいき、会場のボルテージは最高潮に達していた。そして、最後の曲に差し掛かる。
なんと、最後の曲はまだリリースされていない楽曲だった。晴翔が撮影している映画『ペルソナ』の主題歌である。事務所からは、宣伝のためにと許可を得ている。
この主題歌は、『青い鳥』の時と同じくバラードであるが、聞いた人が受け取る印象は全く異なったものだった。『青い鳥』の時のような純愛などの綺麗なものではなく、悲しみや後悔などがテーマになっていた。
新曲ということもあり、最初こそ騒ついていたが、それも最初のみで今までの盛り上がりが嘘のように、会場は静寂に包まれていた。そして、演奏が終わるまでの間、生徒達は静かに涙を流していたのだった。
幼馴染は何故か俺の顔を隠したがる クロネコ @kuroneko0402
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