第168話 学園祭二日目⑤

「か、楓さん?」


「ん、なに?」


「えっと、そろそろ戻らないと、みんなが心配するよ?」


最近、何かとスキンシップが激しい楓だが、今日は全然離れてくれそうにない。しかし、この後バンド演奏もあるし、みんなが心配しているのは本当だ。


どうするか。


「あっ、そうだ。楓、これ双六の景品だってさ」


「・・・ん?」


俺は景品としてもらったマグカップ?が入っているであろう箱を楓に見せる。


「んっ!?こ、これは」


「ど、どうした?」


マグカップの箱を見た途端、楓の目がカッと見開いた。どうやら有名な物らしい。


「これは、カップル限定でもらえるマグカップ」


「へぇ、そうなんだ」


「このカフェは、定期的にマグカップが貰えるんだけど、これは1人で行っても貰えなくて困ってた」


楓がこんなに喜ぶのも珍しい。ちょっと心配したけど、これで少し安心かな。


「ん?でも、これ」


「どうした?」


ホッとしたのも束の間、楓の表情がいつものジトっと表情に戻った。何かあったのだろうか?


「これは確かペアだったはず。それにしては軽い」


楓はぶつぶつ言いながら箱を開ける。すると、可愛い絵柄が描かれたピンクのマグカップが入っていた。


「やっぱり一個しか入ってない。・・・ん?」


「なんか紙が入ってるな」


「ん、読んでみる」


楓は、小さく折りたたまれた紙を手に取ると、真剣な顔で読み始めた。しかし、すぐに眉間寄せたと思いきや、頬をほんのり赤く染めたりと、表情がコロコロと変わった。


「なんて書いてあるんだ?」


「い、いや、なんでもない」


「読んでもいい?」


「ダメッ!!」


楓はすごい勢いで、紙を握りしめると、箱に戻した。そして、俺の背後に回ると俺の背中を押して体育館へと催促する。


「は、晴翔、早く戻ろう」


「えっ?」


「いいから」


背後に回られて顔がよく見えないが、だいぶ元気が出たようだ。楓に言いたいこともあったのだが、今じゃなさそうだな。


ーーーーーーーーーー


私も馬鹿だな。


勝手に舞い上がって、勝手に傷ついて。晴翔、どうしてるかな?


そろそろ戻らないと。私が、振り向くと扉を勢いよく開ける晴翔が居た。


やっぱり、心配かけちゃったよね。でも、必死に探してもらえることがすごく嬉しかった。


「大丈夫か?みんな心配してるぞ?」


「大丈夫、今戻るとこだった」


「そうか」


私が晴翔に近づいていくと、晴翔のスマホがなった。晴翔のスマホから俊介の声がする。どうやらここに来るつもりらしい。


俊介も、いつも私を心配してくれる。すごくいい奴。そしてイケメン。


でも、晴翔に対するような感情は、彼には抱かなかった。とりあえず、今は晴翔との時間を邪魔されたくない。


私は、そっと近づいて晴翔からスマホを奪う。


「心配かけてごめん。すぐ戻るから体育館で待ってて」


『あっ、み、南さん!?わ、わかったよ。じゃあ待ってるから』


「ありがと、じゃ」


私はスマホの電源を落とすと、晴翔に返す。そして、屋上の扉をそっと閉めた。その後、なんでこんなことをしたのか自分でもわからなかったが、晴翔の抱きつくと自然と心が安らぐ気がした。


「か、楓っ??」


「ごめん、ちょっとだけ、このまま」


きっと、晴翔は私のことを好きではない。それはわかってる。だから、この気持ちを整理する時間が、諦めるための時間が欲しい。


時間が経つにつれ、気持ちが整理出来ると思ったのに、そんなことは全然なかった。


むしろ、離れたくない。もっと好きになってしまう自分がいる。どうしよう。


私が離れられずにいると、晴翔は何かを思い出したように、箱を私に手渡した。


あれ?


この箱どこかで・・・。


「んっ!?こ、これは」


「ど、どうした?」


私は、似合わないかもしれないけど、可愛い物を集めるのが好き。特に、このマグカップ。これは、とあるカフェで配られている限定品。


「これは、カップル限定でもらえるマグカップ」


「へぇ、そうなんだ」


これは1人で行っても貰えないから、どうしようか悩んでた。


「ん?でも、これ」


「どうした?」


「これは確かペアだったはず。それにしては軽い」


なんだか嫌な予感がする。あの案内人、ちょっとお節介な性格だったし、絶対になんかある。私はそっと箱を開ける。


「やっぱり一個しか入ってない。・・・ん?」


「なんか紙が入ってるな」


「ん、読んでみる」


小さく折りたたまれた紙を開くと、何か書かれている。


『どうも、さっきぶりです。突然のことだったので、大したことは書けませんでしたが、私からのプレゼントです』


プレゼント?


晴翔ならともかく、女から貰った手紙なんて嬉しくない。


『まぁ、私からの手紙なんて嬉しくないでしょうけどね。あははは(笑)』


ぐっ、今すぐ破り捨てたい。


『まぁ、それはさておき、さっきの告白はとても素敵でした。私の胸も激アツでした!』


あ、あれは告白なんかじゃ、てかコイツのせいでこうなったんだ。


『なので、マグカップは私が一個貰っておきますので、デートにでも行って、ちゃんと揃えて下さい』


なっ!?


だ、だから一個しか入ってなかったの!?

余計なことを。いや、でもこれで晴翔と出かける口実が出来た。


はぁ、晴翔とデート。考えただけで、良い。幸せだ。私は、ニヤける顔を我慢できなかった。


「なんて書いてあるんだ?」


「い、いや、なんでもない」


そ、そうだ、晴翔がいたんだった。しっかりしないと。


「読んでもいい?」


「ダメッ!!」


私は、咄嗟に手紙を握りしめた。これは後でしっかり処理しておこう。


し、しかし、今デートに誘うのも、恥ずかしい。あんなことがあったばかりで、私はそんなにメンタルが強くない。


とりあえず、ここは一旦引こう。


「は、晴翔、早く戻ろう」


「えっ?」


「いいから」


私は、晴翔の背中を押して体育館へと戻った。体育館に着くまで、私は晴翔の背後にピッタリとくっついて、決して顔を見せなかった。


きっと、今の顔はだらしないに違いない。そんな顔見せられない。それにしても・・・はぁ、幸せ。


ーーーーーーーーーー


俺達が体育館に戻ると、俺達の出番が差し迫っていた。


「あ、晴翔、南さん!」


「楓、やっと帰ってきたー」


「か・え・で・せ・ん・ぱーいっ!!」


俺達が、体育館の舞台袖に着いた際、紅葉から熱烈な歓迎を受けた。


「ぐわっ!!」


紅葉の熱烈なハグ、もといタックルにより楓は体育館の床に押し倒された。


「楓先輩、楓先輩、楓先輩ー!!」


「や、やめ」


よっぽど心配したのか、紅葉はこれでもかと、頬をぐりぐり擦り付けている。そして、そんな圧に負けて、押さえ込まれている楓。


そろそろ助けてやるか。


「そろそろ時間だぞっと」


「ぬわっ!?」


俺は紅葉の両脇を抱えると、ヒョイっと持ち上げて、すぐ横に下す。


「さ、齋藤先輩、力持ちですね」


「いや、紅葉が軽いだけだよ。それより、大丈夫か?」


「あ、ありがとう」


楓は俺の手を取ると、立ち上がって紅葉を睨みつけた。しかし、心配させたことを悪いと思っているのか、特に何も言ったりはしなかった。


「もう、話は後で聞くからねー。今はさっさと準備しちゃおー」


「それもそうだな」


俺達が舞台袖で準備をしていると、マイクスタンドが一本多いことに気づいた。


「あれ?マイク多くない?」


今回は俺がボーカルだから一本あれば良いのだが、何故か二本用意されていた。


「あぁ、それは大丈夫」


「ちゃんと使うんだよー」


楓と彩芽は何か知っているようだが、俊介と紅葉は何がなんだかわかっていないようだ。


俺も不思議に思っていたが、言われるがままに用意していると、思わぬ人物が現れた。


「おい、なんでお前がここにいるんだ?」


「こんにちわっす、晴翔さん!!」


本番直前に現れたのは、笑顔がよく似合う俺の相方、六花だった。


「晴翔さんが歌うと聞いて、僕が馳せ参じたっす!」


「ま、まじか」

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