第167話 学園祭二日目④
「あ、ハルくんおかえりー」
「あぁ、香織か、ただいま」
俺は看板を置きに一度教室へと戻っていた。楓はおそらく体育館に向かっているため、俺もすぐに向かおう。
「あれ?楓ちゃんは??」
「あ、あぁ、先に体育館に向かったんだよ。俺もすぐに向かわないと」
「ふぅん、そうなんだ。だいぶ楽しく遊んだみたいですねぇ?」
「えっ?」
香織の視線は、俺の手元に向けられていた。俺の手にあるのは景品のマグカップ。
もしかして、これって結構目玉商品だったり?
「それって、D組の双六の景品だよね?確かそのマグカップって、カップルが成立した時だけ貰えるって聞いたんだけどなー?」
「えっ、いや、別に付き合ったわけじゃないんだけど」
「まぁ、いつもあとを追いかけてくる楓ちゃんがいない所を見ると、なんとなく想像つくけどねー」
なんだろう、香織には一生頭が上がらない気がしてきたな。俺のことはなんでもお見通しだと言わんばかりに、俺の置かれている状況を推測する。
「ハルくん、早く行きなって。今日は楓ちゃんに譲ってあげる。でも、どうなっても明日は私が1日もらうからねっ!そこは譲らないよっ!」
ビシッと俺に人差し指を向けると、続けてそのまま指先を廊下の方へ向ける。
どうやら早く行けと言っているらしい。俺は、香織を軽く抱き寄せて頭を叩くと、すぐに離れて体育館へと急いだ。
「いいの、西城さん?彼氏行かせちゃって」
「仕方ないよ。私の彼氏はモテモテだからねー。それに、ハルくんは私が大好きだからねぇ」
「はぁ、正妻の余裕ってやつだね」
「いいなー西城さん。齋藤くんが彼氏とか羨まし過ぎ」
「確かに!前世でどれだけ徳を積んだら、付き合えるのかな??」
クラスの方は、今日も大盛況で忙しい時間だったが、クラスメイト達は文句も言わずせっせと働き続けた。
今日の午後は、バンド演奏や演劇の方を見に行くため、午後は臨時休業の予定だ。そのため、今からみんな張り切って働いている。
ーーーーーーーーーー
「あ、晴翔くーん、おかえりー。あれ?楓は??」
俺が体育館に走って向かうと、ステージ袖でメンバーが出迎えてくれた。しかし、そこに楓の姿はなかった。
「あ、あれ?楓はまだ来てないのか?」
「南さんはまだだよ。お前と一緒じゃなかったのか?」
「楓先輩居ないんですか!?」
俺と彩芽が話していると、何事かと俊介や紅葉さんも会話に加わる。
「晴翔くんと一緒じゃなかったのー?」
「さっきまで一緒だったんだけど、ここに来る前に楓と別れて、教室によってから来たんだ。てっきりこっちに来てると思ったんだけど」
「私達は一番最後みたいだし、みんなで探すー?」
「何かあっても心配だし、探そうぜ」
「そうですよ!あの楓先輩がイケメンから離れるなんて普通じゃないですっ!」
俺達は、校舎の中を中心に楓を探すことにした。
「あ、でもその前に電話してみようかー」
彩芽はそう言うと、ポケットからスマホを取り出すと楓に電話をかける。
・・・
「だめかー、出ないやー」
「仕方ないな、歩いて探すしかないな」
「固まって動いてもしょうがないな。バラバラに探そう。見つかったら連絡を入れるってことで、いいな?」
俊介の提案に俺達は同意し、バラバラに楓を探すことにした。学校の中で、ましてや学園祭中に隠れる場所なんてほとんどない。
「楓が行きそうな場所か・・・」
俺は、あてもなく学校の中を彷徨っていた。そういえば、俺って楓のことあんまり知らないかも知れない。
こんな時、香織や澪、綾乃達だったら、どこにいたって見つける自信がある。
もう少し、彼女達以外の人達のことも興味を持たないといけないのかも知れないな。
「あれ、晴翔、どうしたん?」
「ん?あぁ、綾乃か。ちょっと楓を探しててさ。綾乃はどうしたんだ?」
「私はちょっと先生に用があって職員室に行くところ。バンドと演劇楽しみにしてるからね」
「あぁ、ありがとう」
「・・・晴翔、浮かない顔してる。もしかして、楓見つからないの?」
「みんなで探してるんだけど、見つからなくてさ。こう言う時って、どこを探せばいいのかわからなくてさ」
俺の返答に、綾乃は「そうだなぁ」としばし考え込むと、そっと口を開く。
「こういう時って、誰でもあると思うんだよ。晴翔だって悩んだ時は道場に行くでしょ?」
「確かに」
「でしょ?だから、この学校の中で1人になれる所なんて、そうないと思うよ?」
「うん、そうだな。わかった、ありがとう綾乃」
俺が綾乃にお礼を言うと、綾乃は顔を少し右に向け、左頬を人差し指でつついた。
「お礼は、ほっぺにちゅーで大丈夫だよ?」
「はいはい」
俺は、綾乃の頬に軽く唇を当てると、綾乃の頭をぽんぽんと軽く叩き、その場を後にした。
「もぅ、急に頭撫でるなし・・・はぁ、幸せぇ。あっ、そうだ職員室行かないと」
綾乃は、ふらふらしながら職員室へと向かった。周りにいた生徒達も、2人の生暖かい雰囲気に呑まれ、動悸が止まらなかった。
「あ、相変わらず、あの2人を見てると心臓に悪いわね」
「そ、そうね。でも、大塚さんって、そんなに怖い人じゃなさそう」
「確かに!もっと怖い人だと思ってたけど、あれを見ると、ちょっと可愛いかも」
綾乃は、ギャルな見た目なだけでなく、頭もよく、生徒からはカリスマ的存在だった。しかし、それ以上に人付き合いが苦手で周りを寄せ付けない雰囲気があった。
だが、晴翔と付き合いだしてから、綾乃に対する周りの反応は変わり始めた。そして、今日も晴翔によってデレデレになった綾乃を見た生徒達は綾乃に対する印象はいい方向へと変化していった。
ーーーーーーーーーー
「はぁ、早く戻らないと」
あのまま体育館に向かえばよかった。私、なんで屋上に居るんだろう?
元はと言えば、あんなゲームを考えた奴が悪い。
・・・いや、私が晴翔を連れて行ったんだけど。
私以外には誰もいない屋上。しかし、色んなところから、楽しそうな声が聞こえてくる。屋上から下を眺めれば、たくさんの人によって校庭は埋め尽くされていた。
「人がゴミのようだ」
うん、一度言ってみたかった。
私は、この一言が言えただけでも、少し満足していた。よし、体育館に戻ろう。
私は体育館に戻るため、出入口の方を振り向いた。そして、同時に屋上の扉が勢いよく開いた。
バタンッ!!
勢いよく開いた扉から現れたのは、さっきまでずっと一緒にいて、今は少し気まずい人。
「ハァ、ハァ、楓っ」
「・・・晴翔」
息を切らして、肩で息をする彼をみて、必死に探してくれていたのがわかる。迷惑、かけちゃった。
「大丈夫か?みんな心配してるぞ?」
「大丈夫、今戻るとこだった」
「そうか」
短い言葉の中に、いろいろな感情があるのがわかる。やっぱり晴翔は優しい。
私は晴翔に近づいていくと、晴翔のスマホがなった。
「もしもし、俊介。楓見たかったぞ、みんなにも連絡入れといてくれ」
『マジかっ!?良かったぁ。わかった、みんなに連絡入れておく。ちなみにどこにいるんだ?俺も行くよ』
晴翔のスマホから俊介の声がする。どうやらここに来るつもりらしい。
「サンキュー、ここはーー」
私は、そっと近づいて晴翔からスマホを奪う。
「心配かけてごめん。すぐ戻るから体育館で待ってて」
『あっ、み、南さん!?わ、わかったよ。じゃあ待ってるから』
「ありがと、じゃ」
私はスマホの電源を落とすと、晴翔に返す。そして、屋上の扉をそっと閉めた。
「楓?」
私は、何も言わずに晴翔近づくと、スッと腰に手を回す。抱きついてみると、晴翔の身体は細い割に筋肉が程良くついており、抱きついていて心地よい。
「か、楓っ??」
「ごめん、ちょっとだけ、このまま」
私は悔いの残らないように、晴翔の温もりに身を委ね、この時間が永遠に続けばいいと思った。
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