聖なる呪いもちの食卓

かなめ

第1話 聖なる呪いもちの食卓

 お腹がすかなくなって、どれだけの時間がたったっけ。

 もう数えるのもやめたんだよね。だって、聖なる呪われた存在に与えるものは何もないらしいし?


 俺だって好きで呪われたわけでもないし、聖なるものに選んでくれなんて欠片も望んでいなかった。




  *******




 教会の偉いひとがある日突然なんか知らないけど家に来て、なんか知らないけど長々とよく分からないことを言って、スライムみたいな色で丸くて硬い何かに触れろって俺たちに命令口調で言われたから順番に触れていっただけ。


 はじめはみんなこんな綺麗なモノを汚したら殺されるとか思ってビクビクして触らなかった。


 口にしなかったけど、何となくそれを察した偉いひとのお連れさんのひとりが「汚すよりも触らないほうが怒られるよ」ってやさしく言ってくれたから、こわごわと年長のひとりが勇気を出して触ったのをよく覚えてる。


 そいつが触っても何も起こらなかった。

 汚れもしなかったし、怒られもしなかった。


 逆に偉いひとたちからそいつはめっちゃ褒められていた。

 だからみんな安心して次々とぺたぺた触っていった。どんなに触っても何も起こらなかったし、手垢どころか汚れることもなかったし、むしろ変化がないことを褒められてた。


 で、最後の方に並んでいた俺にも順番が回ってきた。


 家は孤児院とかいう色んな事情で親が居なかったりする奴らが寄せ集まってた所だから色んな奴らが居た。

 それまでかなりの人数が触ってたし、何も起きなかったし、きっと俺が触れても何も起きないまま褒められるんだろうなって気軽に触ったんだ。


 結果、何も起きないどころか触れた瞬間、聖なる呪いとやらが発動したらしい。


 らしいというのはその時のことをよく覚えていないからで、気がついたら俺だけ、真っ暗な部屋のど真ん中に設置された頑丈そうな檻の中にひとりぽつんと放置されて居たからだ。


 俺はひどくがっかりしたし悲しかったし悔しかった。

 みんなと同じように褒められたかっただけなのに、褒められるどころかどうやら何かが起きたので厄介な存在だと思われてひとりぼっちにされた。


 隔離されてしばらくは現実を受け入れられなくて暴れたり叫んだり泣きわめいたりしたりしてみたけど、誰かが様子を見に来るどころか何もない。

 かろうじて寝る場所っぽいところはあった。他は何もなかった。


 真っ暗な状態に徐々に目が慣れて、手が届く範囲に何かあったり、どうにかこの檻を壊せるかなって足掻いてみたけどどういう仕組みになっているのか継ぎ目もない頑丈な檻だということしか俺には分からなかった。


 腹も減らないし、今がいつなのかも分からない。

 あの後みんながどうなったのかも分からない。

 気がついたらこの状態だった。


 誰も何も教えてくれなかったから、自分に何が起きたのかすら何も知らない。




 俺の知る世界がこの檻の中だけになって、どれくらいたっただろう。


 何回日が昇って何回月が顔を出したのかすら分からない暗闇の世界にそいつは来てくれた。

 そして俺に起きた絶望的な真実という聖なる呪いというものを、物事を何も知らない俺にもちゃんと分かるように噛み砕いて説明してくれた。


 そいつ曰く、聖なる呪いというのは、教会に属する聖女に向けられる悪意や理不尽を請け負うために生け贄として選ばれる存在らしい。だから教会の偉いひとが大事な大事な聖女のために孤児院に来たのだろうとそいつは言っていた。


 誰も来ないのも、そのとばっちりを受けないようにだろうとも。


 そして聖なる呪いを受けるこの役目には明確な終わりというものもないらしい。

 自分で死ぬことどころか、狂うことすら出来ない。

 物理的に傷つけられることも、飢えて死ぬこともない。


 ただ、ある程度の時間が経ち力を溜め込むことが出来るようになり、異形になること(つまり人をやめること)を選択すれば、この場から逃れることは出来るらしい。


 逃げられても簡単に死ねないままなのは変わらないのかと泣きたくなった。泣けなかったけど。

 おそらく五感が鈍ってて泣けなくなってたんだろうな。


 そして、俺が、聖なる呪われた存在であり続けるならば、聖女が代替わりしようと教会が変化しようと国がどうなろうと、新しい聖なる呪われた存在が選ばれることはないらしい。


 そっか。俺が、がまんすれば、いいのか。


「そっか……」

 暗闇に小さな声が、響いた。




  *******




 俺に懇切丁寧に色々教えてくれたのは、聖なる呪われた存在が創られた何百年も昔に自分からすすんで聖なる呪われた存在になったは良いけど、当時はやることがなくあまりにも日々が退屈でたまたま手に入れた本に異形の姿になる方法が書いてあったから思わず試したひとらしい。


 元々は食べることが大好きで、供物として美味しいご飯があればそれで良かったんだけど、ある時を境に美味しいご飯というものが分からなくなったそうだ。

 何を食べても味がしなくて、いつの間にか食べたいとも思わなくなってたって。


 だから違う楽しみを見つけようとしたらしい。


 ものは試しと異形の姿になってみたらお腹がすくようになったし、味もするようになったらしい。


 流石に教会のひとや聖女の前では変化しなかったそうだけど、どうやら異形の姿になる方法を試した後から少しずつ教会や聖女の聖なる力が落ちたらしく、新しい生け贄が用意されるのをみているしか出来なかったと嘆いていた。


 生け贄には、色んな人が試されたらしい。


 そうして長い年月をかけて最終的に俺たちが触れた丸い適正をはかるための魔道具とこの檻を教会と聖女が作り上げたそうだ。




  *******




 それは単なる好奇心で、純粋な疑問だった。


「ねぇ、おいしいごはんってどんなの」

「美味しいご飯は美味しいご飯としか言えないな。ああでも、私は肉がことのほか好きだったんだ」


 何かを思い出したのだろう、暗闇の世界にじゅるりと音が響いた。そしてぐううっと何かが鳴いた。


「にく?」

「そう。獣の肉を調理したものだよ。例えば……そうだな、君がいた孤児院ではシチューは出たかい? 具沢山の真っ白いスープと言ったほうが分かりやすいか?」

「しちゅーはしらないや。でも、白い? スープは食べたことあるかも。えっと、葉っぱとか木の実とかがちょっと入ってたのは覚えてる。にく……って入ってたかなあ。とろとろりとしてて、あったかくて、ごくごく飲めたけど、みんなで神様に感謝して大事にゆっくり食べてたよ」

「え? 他には? パンとかそういうのは?」

「……ん? たぶん、なかった……かな」


 おかねがないっていつもしすたーが言ってた。と続けると、なんとも気まずい雰囲気が俺たちの間に流れた。


「そんな。嘘だろう。あれからどれだけ月日がたっていると……。人間の食生活は今どうなっているんだ?」


 俺は首をかしげるしか出来ない。異形の姿になったひとの言う、おいしいごはんというものを俺は食べたことがないのはわかったけど、聖なる呪われた存在になってしまったので今はお腹がすくこともないし悲しいとかも思わない。


「どうかした?」

「どうもこうも、それ以前の問題だ。由々しき事態すぎる」


 ゆゆしきじたいというものが俺には分からないけど、とりあえず黙っておく。ああでも。


「ねぇ」

「どうした」


 とても小さな声だったのに律儀に返答してくれる。

 それがとても嬉しくてくすぐったくて、なんだかちょっと照れくさいけど伝えなきゃなって思ったから俺は頑張ってみた。


「いつか、いつかね」

「おう」


「いつの日か俺が君みたいに姿を変えられるようになったとき、君のいうおいしいごはんってのを食べてみたいかもしれない」


 今はまだ無理だけど。いつかくるだろう、その日を楽しみにしたいなと思った。

 それは俺だけの気持ちじゃなかったみたいで。


「あ……ああ、そうだな。では、ひとつ約束という契約をしよう。いつか君が君の役目から解き放たれた際、必ず迎えにくる。そして私の隠れ家に君を招いて盛大に祝おうではないか」

「おいしいごはんを食べるだけなのに?」

「だからこそだよ!」


 暗闇でよく分からないけれど、このひとは満面の笑みを浮かべているのかなって思った。


「腕によりをかけてたくさん作ってあげよう」

「そんなに食べれないかもしれないよ?」

「そんなの、スプーン一匙でも良いんだ。この世には君が知らない沢山の美味しいご飯が存在しているんだよ? それを知らないって本当に勿体ないよ。だからさ、私と美味しいご飯を知る旅をしてみないかい?」


 たび。旅? え? ちょっと待って。

 どこから旅の話になったの。誰かこのひとの暴走を止めて欲しい。




  *******




 そんなものすごくどうでもいいけどひどく懐かしい記憶を思い出して遠い目をしていた俺、悪くないと思う。


「……なーんてことがあったなぁ」

「んー? どうかしたかい?」


 目の前には異形の姿と言っても暇つぶしで擬態のひとつに人間の姿もとれる研究までしていたこのひとが東の国だかで着ているらしいカッポウギ?というのを身に着けて、今では俺の大好物のひとつであるシチューの為の調理をしている背中を眺めている。


 はじめて俺が口にしたとき大興奮したし大絶賛したしめちゃくちゃ褒めたけど、あれから何年もたつのにまだまだ改良をしている【聖なる呪われた存在の為のシチュー】と名付けられた、それ。


 このひとの大好物らしいお肉は燻製肉だったり蒸し鶏だったり塩釜焼きだったりするけれど、あわせる乳や小麦などはあまり変わることはない。たまに肉以外の魚とかが入っていたりするけれど骨などは丁寧に取り除いてくれるから食べやすい。


 季節の具材は惜しみなくたっぷりと使われ、量もこれでもかとたっぷり用意される。

 だから、おかわりを何杯しても怒られたことは一度もない。


 ふたりとも異形の姿になっているし、聖なる呪いのせいで満腹感を感じにくかったり致死量の毒とかも効かない。

 だけど、このひとが持つ謎のこだわりで呪いを持たない人間が食べられる美味しいご飯という縛りで毎食出てくる。


 お腹いっぱいという感覚は、おそらく俺はこれからも分からないまま存在するのだろう。


 その代わりに、このひとのおかげで、美味しいや不味いやなんとも言えない食感など様々なものを口にして体験することが出来た。

 そして、食事の時間を楽しいものだと理解するようにもなった。


 手間じゃないのかなって思うけど、何種類も色んなパンが焼き立てで出てくるし、パスタとかハクマイとか言うのを出されたこともある。


 具材の彩りもかなり豊かになった。

 使う材料も昔に比べてだいぶ改良されているけれど基本は変わっていないらしい。


 そもそも俺に食べさせるための献立をせっせと考えるのが楽しくてたまらないそうだ。そうとう暇だったんだな、このひと。


 俺には料理の何が楽しいのかあまり良く分からないけれど、今日もこのひとが楽しそうに作っているのは分かる。

 あと、俺の為だけに作られる特別なシチューがとびきり美味しい味だというのも分かってる。


 このひと、本当に俺が自分で異形の姿をとれるようになったらちゃんとあの檻まで迎えに来てくれて、律儀に隠れ家に案内して大量の美味しいご飯という手料理を振る舞ってくれたんだよな。


 で、そのあと十年位そのまま隠れ家でのんびりしたかと思ったら、突然準備が出来たからさあ君の美味しいご飯を探す旅に出かけようかって……。


 そう、突然の「味を見つける旅」宣言ですよ。


 俺が異形の姿にいくつか変化出来てかつ慣れるまで一応は待ってくれてたらしいけど、興味の赴くままにあっちこっち連れて行かれましたとも。


 色んなもの見て食べて感じて楽しかった。

 楽しかったけど、心の底から疲れない身体になってて良かったって思ったけどさ、気が済んで隠れ家に戻ったら寝込んだからね、俺。


 どうやらいっぺんに頭の中に詰め込まれた情報量が多すぎた反動が、隠れ家という空間に戻って安心した途端にきたらしい。

 次はもう少しゆっくり時間をかけるよって散々へこんでから厳かにに宣言された。


 次もあるんだなって嬉しかったから、ありがとうって返事の代わりにきゅってあのひとの指先を握ったらあわあわされた。

 なんで?


 体力が戻ってから少しずつだけど、この世界や教会や聖女のことを学んでいる。

 どうやら俺は、何も知らなさ過ぎるんだなって、「味を見つける旅」に連れ回されて思い知ったから。


 まあ孤児院で育ってたし。聖なる呪われた存在になってからは、隔離されて、ほぼひとりきりで檻の中に閉じ込められてたし。


 一応、俺がだいぶ保たせたとは思うんだけど、俺の次に聖なる呪われた存在に選ばれてしまった子がいるそうだ。

 可能ならば、あの魔道具を壊す知識も欲しかった。


 今までも何人かあれを壊せないかと頑張った元聖なる呪われた存在は居るらしい。

 ただ、俺みたいに間に合わなかったり、力尽きたり色々あったんだって。


 いつか会ってみたいなってうっかりこぼしたら、じゃあその時はお茶会でもしようかってあのひとは見目鮮やかなお菓子や点心の本や材料を大量に取り寄せていた。

 本を読んだり料理の試作があのひとの楽しみや暇つぶしになるなら、まあいっかと思ってる。試作品の味見出来るし。


 いつか。


 いつか、俺たちみたいなのがいなくてもいい世界になるといい。

 そう夢見るのは俺のわがままだろうか。




終わり

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