第3話

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 その日も少女は海に糸を垂らす。

「今日は何も釣れないなー……って、また耳鳴り。餌やりに行くとこれだもんなぁ」

 老人が飼っているコウノトリの餌やりに行くと決まって耳鳴り。ここ最近は毎日続いている。すぐに治まるのだが、頻度が増えているような気がする。

 そんな時は手元に置いている瓶詰帆船ボトルシップを眺めるのだ。これを見ると心なしか耳鳴りも落ち着く――ような気がする。ただの思い込みかもしれないが。

「たまには早く帰って家でのんびりしようかな~」

 ここで釣りするのと変わらない気もするけどね、と独りごちて竿を仕舞う。

 本日の釣果は無し。そんな日があっても良い。むしろそれが普通なのだ。


「あれ、じーちゃんと誰だろ。配送のお兄さんとは違う雰囲気」

 見慣れぬ大人たちが取り囲むように彼女の祖父と対峙している。お互いに険しい表情をしているが、内容までは聞き取れない。主に話し合っているのは白衣を着た痩せぎすの男に大きな黒服の男、ガッシリとした体格はまるでボディガードのようにも見える。

「じーちゃんがあんな顔するなんて珍しいな。けど近づきすぎたら気付かれちゃうし……って、うわわっ」

 ポケットにしまっていた瓶詰帆船が落ちて転がっていく。姿勢を低くしてそっと追いかける。茂みの木に当たって止まった。

「ふぅー、危ない危ない。……んっ、耳鳴り。いや、違う。声?」

 風に揺られる木々のざわめきとは違う雑音。耳障りなノイズはやがてチューニングが合ったようにクリアになって、確かな音を拾う。


<――いつまでこんなところに彼女を閉じ込めておくつもりですか。彼女は保護対象です。我々の指示に従ってください>

<貴方も関係者だったんだから、わかるでしょう。彼女には時間がない>

 男たちの声がする。

「これ、もしかしてあの人たちの会話……? 彼女って、ひょっとして私のことかな」

 不思議な現象に驚く暇もない。会話内容は明らかに少女について話し合っている。

<――このままでは、あの子は大人になれずに

 それ以降の言葉は聞こえていたかもしれないが、彼女の耳には届いていない。



「お、おお。今日は早いな。もう帰ってきたんか」

「うん。……おじーちゃん、さっき、誰か来てた?」

「ん? あ、ああ。食料を届けに配送の者がやってきとったわ。お前が戻ってきたんなら少し早いが食事の準備に取り掛かるか」

 老人の声はいつもどおりだ。

 しかし、彼女は異変に気付いてしまった。

「……いつもなら、何も釣れなかったら慰めてくれるのにな」

 一人立ち尽くしたまま呟く。瓶詰帆船を強く握りしめる。

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