第2話

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 かつては漁村だった集落の跡地で老人と少女は暮らしていた。他に住民は居ない。時々彼らの様子を見に来る者や食料を届けにやってくる配達員は居るが、ずっと彼らは二人で生きてきた。

 元々過疎地であったが二度の大洪水によって多くの人類は死に絶え、生き延びた僅かな人間は都市機能の残された地に集って寄り添い合い細々と暮らしている。

 老人が彼女を引き取って15年、海と山々に囲まれた陸の孤島から少女は一度も出たことがなかった。少女はそれでいいと思っていた。彼がこの地を離れぬと言うのならわざわざ外の世界を目指そうとは考えなかった。


 日がな少女は海に釣り糸を垂らし獲物――文明の残滓ロストテクノロジー――を狙っていた。

 何でもかつての人間の文明や功績を忘れ得ぬために保管している施設があるらしく、彼女が釣り上げたものはそちらに引き取られるという。殆どはガラクタだが、時々価値ある何かが釣れたら儲けもの。それを見つけ出すのが彼女の役割である。

 老人から仕事を引き継いで5年。最近は目まぐるしい釣果を見せていた。

 彼女は今日も海と戦っている。



「――んっ、まただ。また耳鳴り。ああもうっ、最近調子悪いなぁ」

 ぎゅっと左目を瞑りやり過ごす。最近は釣りをしている時に限って耳鳴りに悩まされていた。少し待てば収まるので気にも留めていなかったが、ここ数日は毎日起きているため堪忍袋の緒が切れた。

「なんだろ。潮流の影響? まさかまた洪水だなんて言わないでよ。こんなところに居たら私あっという間に飲み込まれておしまい――おっ、ヒット!」

 竿に手応えあり。糸が短く巻かれるような振動が彼女を襲う。ゆらゆらと安定しない足場で立ち上がるのは危険と判断してコンクリートの地面に座り込む。

 大物の手応え。今まで感じたことのない引きの強さに彼女の口元が緩む。

「さあて、どんな大物が釣れたのかな。どりゃーっ、……て、……ん?」

 カラン。

 海から飛び出したそれは地面に叩きつけられ、小気味良いリズムで跳ね上がりながらやがて円を描くようにその場で回転する。

「瓶……の中に、なんか入ってる」

 瓶の形をしたプラスチック容器のような軽い入れ物の中に、複雑な構造をした何かが入っている。少女はそれを初めて目にした。


「……じーちゃん?」

「ん、ああ」

「どうしたの、黙ってじーっと見入っちゃって。そんなに珍しいものだったりするの?」

 持ち帰ったそれを見るなり、老人は目を細めて観察していた。

「……これはだ。かつては海の上を移動するために作られた乗り物だ。それを瓶に詰めて組み立てる遊びで作られた芸術品。瓶詰帆船ボトルシップだな」

「船。じゃあ昔はここでも使われてたりしたんだ」

「ああそうさ。の時に全部流されてしまったがね」

 少女の視線が瓶詰帆船に注がれているのに気づく。

「……もしかして、気に入ったのか」

「あっ、いや、面白いなって」

「欲しいなら持っているといい。ただし肌身離さず持っていろ。目を離した隙にひとりでに歩き回るような代物だ」

「えー、何言って……あー、確かにコロコロと転がっていったもんね」

 それを持ち帰ろうとした時のことを思い出す。掴もうとしても回転して風に流され、中々捕まえるのに苦労したのだ。

 少女は受け取ったそれを嬉しそうに見つめる。

 いつもなら釣り上げたものは全部引き渡すのだが、それには不思議な魅力があった。ずっと手元に置いて眺めていたいと思えるような。


「……ところで最近おかしなことはないか。不思議な声が聞こえたりはしていないだろうな」

 その言葉に一瞬戸惑いながらも

「何もないよー。じーちゃんったら心配性だなぁ、もー」

 などと少女は笑顔で返した。

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