俺たちが歩むオタク道

宮瀬優希

【この国に必要なのは推しだ!!】

「君が〜♪だ〜い〜す〜き〜だから〜♪」

小さな会場に響く甘い歌声。声の主は前方のステージに降臨し、俺たちに│幸せ《酸素》を届ける存在──……。


推しだ!!!!!


 推し。それは俺たちを癒やし魅了する、俺たちの生きがい。俺たちの人生に色彩を加え、豊かにする存在。現代社会に必要不可欠な存在なのだ!!

「みんな〜!今日は来てくれてありがと〜!最っ高に楽しかったよ〜!!!」

ステージで輝く我らが推し、かぐやちゃんが天使の笑顔を振りまいた。うわぁぁぁぁぁと熱狂的な歓声があがる。かぐやちゃんの歌とダンス、そして笑顔に仲間たちが歓声をあげるなか、俺は、はぁ、と酔いしれるようなため息をついた。

 今日も、かぐやちゃんを推せて幸せだなぁ、俺は……。上司のパワハラも、日常生活のストレスも、全部洗い流してくれる……。恍惚とした思いと共に、俺は心のどこかでこう思うのであった。


(((俺、推しが一緒なら、何でも出来ちゃう気がする!!!)))


その言葉を待っていましたと言わんばかりのタイミングで、俺の体──……否、ライブ会場全体が眩い光に包まれた。え、え、なにこれえええええええ!!!!?急すぎん!!!?


「ん……?」

湿り気のある地面に違和感を覚え、目が覚めた。ツンと鼻をつく土の匂い。それと同時に、さんさんと降り注ぐ太陽。どうやら俺は、地面に寝転がっているらしい。しかも、外で。

 俺はたしかライブ会場にいて、眩しい光に包まれて……。どうなったっけ!!?何も覚えていないことに焦りを感じ、急いで起き上がり、周囲を見渡してみた。辺り一面、土、土、土。土しかない。草すら生えていない。ナニコレ!!?土しかない空間にいるなんて、ありえるか!!?謎のご都合主義思想に走り、更に焦った。いや、落ち着け……?落ち着くんだ、俺……。もう一度周囲を見渡してみる。土、人、土、人、土、土、推し、人……。なんだ、人いるじゃん!よかっ……

「HUOOOOOOOOOO!!!?」

人がいることに安堵……する暇もなく、ドサッと後ろに倒れ込み、発狂した。他の仲間たちもその存在に続々と気づき、同様に発狂した。これが、後世に語り継がれる「発狂事件」である。(嘘である)

「か、かかか、かぐやちゃん!!?」

「ううう嘘だろ!!?」

「こんなことがあるのか!!?」

仲間たちは地面ですやすやと眠る推しに近づき、仰天し、目を疑った。俺だって疑った。が、それと同時に俺はわかっていた……。

「いや、待てお前ら!!」

ザッという足音がしそうなほどハッキリ、俺は歩み出た。俺の方に視線が集まる。

「「待て」とはどういうことでござる!?田中氏!!」

俺の仲間の一人、高橋が声をあげた。他の仲間たちも、ウンウンと頷き俺を見ている。こんなに視線が集まったの、いつ以来だろうか……。

「よくぞ聞いてくれた!お前ら、かぐやちゃんを見よ!!」

仰々しく両手を広げ、そして推しの方を指差した。

「かぐやちゃんが寝ている場所はどこだ!!?土の上か!!?いや、違う!」

バッと、仲間たちの方を振り向く。皆、呆然とかぐやちゃんを見つめている。そして、示し合わせたかのように叫んだ。

「「「ベッドの上だああああああああ!!!!?」」」

なんと、土ばかりの殺風景な場所に、豪華なベッドが置いてあったのである。

「あ、あまりに似合いすぎていて、気づかなかったぜ……」

「ああ……。流石かぐやちゃん……」

「これはつまり……」

今度は仲間たちが俺の方を振り向いた。ニヤリと笑い、断言する。

「ああ……。彼女は本物だ」

「うわああああああああ!!!やったああああああああ!!!!」

俺たちは狂喜乱舞した。推しが、ここにいる!その事実に。が、そんな喜びも束の間。

「待て、誰か来る!」

高橋氏が声をあげた。俺たちは急いでかぐやちゃんを守る陣形を組んだ。(丸見えである)遠くから歩いてくる男は、全身に鎧を着込み、騎士のイメージを体現したような格好をしていた。ヒソヒソと俺らは相談を始める。

「なぁ、あいつ……こっち来てるぞ?」

「あぁ、わかってる……。きっとヤバいやつだ。……どうする?」

「とりあえず、かぐやちゃんを守ろう!」

「「「了解!」」」

男がこちらに近づいてきた。ピタリと俺たちの前で立ち止まり、話しかけてくる。あれ、ちょっと待てよ……?

「お前たち……何者だ?」

ですよねー。さて、どう答えよう。かぐやちゃんを守るということしか考えていなかった。が、高橋氏が俺たちの前に躍り出て、堂々と言った。

「俺たちは、かぐやちゃんの推し隊、かぐやーずだ!!」

ナイッスゥ高橋氏!俺は心の中でガッツポーズをする。が、そいつの顔がみるみる引きつっていく。あ、あれ……?なんか、嫌な予感……。

「「かぐやちゃん」だとぉ……?お前たちが隠しているのは、まさか、女か?」

あっ……。ちょっと待って、高橋氏……

「そうだ!めっちゃ可愛んだ!推しだからな!!」

高橋氏のバカァァァァァ!!!雰囲気的にアウトだろおおおおおおお!!今度は心の中で涙を流す。この空気、絶対まずい。それを裏付けるように、そいつの顔がどんどん険しくなっていった。

「お前たちはなぜ、女を隠している?男性至上主義のこの国において、それは国家反逆罪だ。……話を聞こうか」

やべぇ、これ詰んだああああああああ!!!心の声が漏れそうになる。死亡フラグだ。しかし、高橋は少しも怯まず反論した。

「男性至上主義!?そんなの、かぐやちゃんの前では通用しないぜ!見てみろ、この美しい寝顔を!!」

推しを布教したい精神で、俺たちはかぐやちゃんを隠す陣形を崩した。これは、不可抗力だ……。俺、死んだ……。美しい寝顔があらわになる。かーーーーーーーっ!!!眩しい!!じゃなかった!!あいつの反応はどうだ!!?

 男の方を見ると、目を見開き、静止していた。

「な、なんという美しさだ……。これが、「かぐやちゃん」……!?」

男がこちらを見た。おっと?これはもしや……

「お前たち、ここに俺を入れてくれ!男性至上主義なんて、もうやめだ!!俺たちで、「オシ」なるものを布教しよう!!」

ええええええええええ!!!?


こんなことになるなんて、誰も想像していなかっただろう。これは、一人のアイドルから始まった国家転覆の物語。その、序章である。


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