第2話 先輩、爆死する
放課後。
4月となり、日没は随分と遅くなった。
とは言え、課業終了後に1時間近く教室に残っていれば嫌でも夕焼けを学校で迎える事となる。
カラスが遠くで鳴きながら去って行き、空は一等星より順に星が目立ち始めた。
最近はずっとそんな感じだ。
具体的に言うなら、先輩と同じクラスになってから。
「帰りましょうよ」
「うーん、待ってくれ」
先輩は隣の机に腰掛け、眉間に皺を寄せながらスマートフォンと睨めっこしていた。
時折、よっしゃ、等とガッツポーズをしている。
そうこうして、もう1時間だ。
「もう、何してるんですか? 」
「昨日、新しいソシャゲがリリースされただろう? 僕の好みでね」
「はぁ」
「今、リセマラ中なんだ」
つまり、アプリをインストールしてゲーム内のガチャを引き、結果が良くないとアンインストール、またインストールしてガチャを引く……
そういう、ゲームのスタートダッシュを有利に進める作業に、先輩は勤しんでいるらしい。
1時間も後輩を待たせて。
「何処でやっても同じじゃないですか」
「君の横だと、ガチャ運が良くなるんだ。パワースポットってやつかな」
多分、実際にはそんな事ないんだろう。
だが先輩はジンクスや迷信を真に受けるタイプだ、俺の隣だと本当にガチャ運が良くなると思ってそうでもある。
朝が弱い癖に、毎朝占い番組を欠かさず視聴している。
この前、ラッキーアイテムのハムスターを抱えたまま登校してきていた。
まぁ、君の隣だとパワーを貰える、なんて言われちゃうのはちょっと嬉しい。
相変わらず、自分も単純な奴だ。
「もし苦戦してるなら、俺がガチャ引きましょうか。そのゲームやってない人の方が良い結果出そうじゃないですか? 」
所謂ビギナーズラック? と言うやつだ。
俺はソシャゲがあまり得意じゃなくて、件のゲームもやっていない。
ログインボーナスが途切れるとちょっと湧く、罪悪感が嫌だった。
「ふむ……一理あるね」
先輩はアプリをインストールし直すと、スマートフォンを差し出した。
可愛らしいキャラのオープニングが数分流れ、チュートリアルが始まり……
え、ここまで俺がするの?
「よし、じゃあガチャを頼むよ」
「え? あ、はい」
先輩は始まったチュートリアルを中断すると、ガチャの画面を開く。
ガチャを引く為に必要なアイテムは0だ。
「先輩? 」
先輩は迷いなく課金し、ガチャに必要なアイテムを入手した。
「……先輩? 」
「よし! じゃあ頼むよ」
嫌な予感がした。
もう確信とも言って良い。
10連、というボタンから指を離して先輩に向き直る。
ワクワクした顔の先輩が、うん? と首を傾げた。
「先輩、もしこのガチャ結果が良くなかったらどうするんですか」
「え? リセマラさ、中々手間だよね」
「先輩、リセマラの手順を言ってみてください」
やれやれ。
先輩は肩を竦めて、物を知らない後輩にリセマラとは何たるかを説明し始める。
「全く、仕方ないね。でもそういう素直な所は君の魅力のひとつだよ」
「はいはい」
「まず、アプリをインストールするだろ? チュートリアを中断してガチャの画面にいって、課金してガチャを引くのさ。結果次第で、アンインストールして何度も繰り返すって訳だ」
先輩はドヤ、と自慢げにリセマラの手順を説明してくれた。
なるほど、確かにその方法なら迅速に何度もガチャが引き直せるだろう……
「先輩リセマラって、課金しないんですよ」
「ええ? でも、そうするとどうやってガチャを引くんだい? 」
「先輩が中断したチュートリアル、多分、あれをクリアしたらガチャの為のアイテムが貰えるんです」
先輩はポカン、とした顔でスマートフォンと俺を交互に見つめる。
「で、でもそれじゃ時間が凄くかかるじゃないか」
「そういうものなんです」
「そんな……仕方ない、これからはコツコツやるか」
先輩はアプリをアンインストールした。
手馴れた様子でアプリを再度インストールする。
「先輩!? もったいないですよ! 」
「え? 」
「課金したのにデータ消したら、もったいないですって! 」
「いや、だってデータ消したから……」
「データを消しても! 決済は! してるんですよ! 」
まさか。
先輩の顔がみるみる青くなっていく。
冷や汗を顔いっぱいにかき、震える手でスマホのメール欄を開いた。
何度スクロールしても無くならない、課金完了のメール。
この人……時間帯的に授業中もリセマラ?してやがる。
「先輩、いくら使ったんですか」
「いくら位だろうか……」
ショックのあまり思考を止めてしまった先輩の代わりに、合計金額をざっと計算していく。
「……先輩」
「未成年でも借金って出来るのかな」
「合計15万円以上です」
先輩が泣いちゃった。
俺の机に突っ伏して、静かに肩を震わせる。
「先輩のスマホって、料金は親御さんからの引き落としですよね。凄く怒られちゃうんじゃないですか? 」
「……」
先輩は上目遣いでこちらを覗き込む。
切れ長でクールな印象を与える目を真っ赤に泣き腫らして、口をギュッと結んでいた。
「一緒に謝ってくれるかい? 」
「傍には居てあげますよ」
夕暮れ、先輩との放課後 助兵衛 @hibiki222
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