ライバルは推しの中にひっそりと紛れ込む

天鳥そら

第1話ライバルはひっそりと推しの中にまぎれこむ

あなたには好きなキャラクターってある?アニメでもいいし、絵本や童話のキャラクターでもいい。かわいい、かっこいい、すてき!持っているだけで元気になれたら嬉しいよね。なかでも動物をモチーフにしたキャラクターはたくさんある。犬・鳥・ライオン、そのなかでもやたらと人気があるのは……。


「かっわいい~!」


スマホの画面をのぞきこんだ女子生徒が二人、教室の窓際でとろけそうな笑顔を浮かべて叫んでいた。


「京ちゃん、京ちゃん。みてみな~。かわいいよ~」


「ああ、京子は無理だよ。絶対、興味持たないね」


手招きしてくれた栗色ふわふわヘアーの女の子は博美。そのそばで、人を小ばかにしたような笑顔を浮かべる黒髪ポニーテールが夏美だ。コンタクトにすればかわいいのに、自分はメガネが好きだというひねくれた女の子。


「いいじゃん。京ちゃんだってかわいいって思うから。ほらっ」


黒髪ポニーテールの皮肉な笑みは気にせず、私の方へ画面を突き出した。思った通り、かわいい子猫の動画が流れている。


「何?ユーチューブ?」


「インスタだよ。最近、インスタの方をよく見るんだ」


かわいいでしょ~と嬉しそうな顔をする博美にぽつりとつぶやく。


「パンダの方がかわいいもん」


「でた!京子のパンダ発言!」


ポニーテールを揺らして大きな口を開ける。大口を開けて笑うから、せっかくの美少女面が台無しになるのだ。この癖は昔っから変わってない。私たちは中学に入学する前から仲良し三人組。好きなものも嫌いなものも、初恋がいつだったかも全部わかっている。


「京ちゃんのパンダ好きは昔から変わらないね~」


スマホの画面を一度切り、困ったように眉を下げる。私は、パンダの小さなぬいぐるみがついたキーホルダーを揺らして、カバンの中からスマホを取り出した。


「だってさ!かわいいじゃん。パンダ!ちょっと見てみてよ」


「京子のパンダ画像と動画には飽きた」


「大丈夫。今日もかわいいから」


スマホからとっておきのパンダ画像を映し出す。最近、知った某少年漫画に出てくるパンダのキャラクターだ。呪いを相手に戦うパンダだが、かわいいだけじゃなくてかっこよくて優しくて賢いのだ。漫画はあんまり読んでないけど、パンダが戦う姿を見て一目で好きになってしまった。


「あ、知ってるよ~。けっこう人気あるキャラクターだよね」


「確かにパンダもいいけどさ、私はメカの方がいいな~」


漫画の話題に話がうつっていくけど、私は漫画をちゃんと読んでないので、ストーリーをよく知らない。兄が毎週買っている少年週刊誌を奪い取り、パンダだけ切り張りしてコレクションしているのだ。パンダに関するコレクションはほかにもある。同じパンダ好きに会って見せてみたいが、私のような情熱的なパンダ推しに会ったことは一度もなかった。


パンダ画像をほめてもらえたことに気をよくして、私は二人に提案をした。


「今度の休みの日さ、遊びに行こうって言ってたじゃん。動物公園でパンダを……


「絶対いや!」


二人の声が大きく教室内でこだまする。教室内にいる数人の男子生徒がこちらを見ていた。


「そんな大きな声で否定しなくても」


「パンダは前にも見に行ったじゃん。それよりも新しくできた水族館にしようよ」


「どうせなら、野球の観戦にしない?そろそろ、始まるじゃん。プロ野球」


「野球はいや!」


今度は私と博美の声がハモる。夏美はつまらなそうに肩をすくめた。


私、博美、夏美、それぞれ好きなものや場所が違う。おかげで遊びに行く場所は毎回なかなか決まらない。


放課後の教室には人が少ない。先ほどまでいた男子生徒数人も一人を残して帰ってしまったらしい。何をしているのか、まだカバンの中をごそごそとあさっていた。


「毎回、これだね」


「それなら、パンダが出てくる映画見ようよ。さっき言ってたパンダが出てくる漫画の映画」


「パンダから離れろ」


博美と夏美の声がまたハモる。二人の反応が良さそうだったから、パンダの映画に決まるかと思ったけどそうでもないらしい。他に行くところがなかったら、折れてくれるんだけどな。


「まあ、面白いけどね。あの漫画。映画も人気あるしさ。私、長髪で袈裟懸けの男、けっこう好きだし」


「夏美、好きだよね~。ああいう敵だけど、もしかしたらいい人的な」


博美が口元に手を当てて笑う。どうもよい雰囲気になってきた。これなら、今週の日曜日、パンダを見に行けるかもしれない。期待に満ちた目でふたりの表情を見守っていると、私の背後から声がした。


「あの、ちょっといいかな」


三人で同時に声のした方を向く。びくりと肩を震わせた男子生徒がひとり気まずそうに立っていた。


「何?江崎。何か用?」


つっけんどんな夏美の声にびびってる。教室内にたったひとり残っていた男子生徒だ。スポーツ刈りでさっぱりした髪型だが、確か、部活は文科系だったはずだ。女子の噂によると、家の方針でスポーツ刈りにさせられているらしい。


「今週の日曜日、でかける話をしてただろ?もしよけれ猫カフェに来ない?」


「猫カフェ?」


三人の声が響き渡る。ますます居心地の悪そうな表情をつくって、江崎が三つの猫のぬいぐるみをさしだす。三毛猫と白猫とぶち猫の三種類だ。キーホルダーでカバンにもつけられる。


「何これ。くれるの?」


夏美がメガネの奥で瞳を輝かせてぶち猫に手を伸ばした。某アニメーション映画で出てくるひねくれものの猫と同じような表情をしている。ひねくれものの夏美にぴったりだ。


「うん。全員じゃないけど、来てくれそうな人にあげてるんだよ。俺のいとこの家が、猫カフェ始めてさ。保護猫をもらってくれる人の集まりにもなってる」


ふつうのお茶も飲めるから、映画の帰りにでも寄ってくれないかと真っ赤かな顔で言い切った。


「保護猫活動か、えらいね~。私のおばさん、十歳の猫を引き受けたことあるよ~」


博美が白猫を取り上げて、嬉しそうに笑った。男子生徒は最後に残った猫を、遠慮がちに私の方へ差し出してくる。


「パンダでないとダメかな?」


「京ちゃん」


「京子」


博美と夏美に促されて最後に残った三毛猫を手に取る。江崎は手のひらが空っぽになってほっとしたようだった。


「私、パンダが好きなんだ」


「京子!」


「飼えるなら飼いたいし、パンダのために飼育員目指そうとも思ってる」


パンダは熊猫というけれど猫じゃない。私にとって猫は最大のライバルなのだ。


「なんか、ごめん」


「でもね、嫌いってわけじゃないよ。近所の野良猫に餌をやったこともあるし」


「京ちゃん」


「京子」


「それじゃあ、猫カフェに来てくれる?」


「おばさんが、保護猫活動に興味あるから声をかけてみるね~」


「わたしも猫を見てみたいな」


「パンダの映画見てからね」


「京ちゃん!」


「京子」


「本当にパンダが好きなんだね」


心底感心しきったような声をあげて男子生徒は笑った。それじゃあ、その日は俺も猫カフェいるからと手を振って教室をでていく。


そろそろ夕焼け色が藍色に染まる。このまま教室にいれば先生に叱られてしまうだろう。

博美と夏美はもらったばかりの猫をカバンにつけて楽しんでいた、二人はじいっと私の方をうかがう。手のひらにある三毛猫を眺めて、大きくため息をついた。


パンダが揺れる横に三毛猫をつける。どちらもかわいいと認めざるを得なかった。


「京ちゃん、進歩したね~」


「猫カフェに行ったら、猫の良さに目覚めるかもよ」


「パンダ喫茶があったら、絶対、行くからね」


「ないから」


友人ふたりの声がハモる。笑いあいながら教室を出るときには、すっかり次の日曜日の話題だ。映画に猫カフェ。友人と過ごす休日にしてはパーフェクトじゃない?計画が決まったことで和やかな空気がただよっている。パンダだの猫だのの話題は出ないが、私は二人と話をしながら心に固く誓っていた。


パンダのぬいぐるみを猫カフェにもっていこう。猫はかわいいが、やっぱりパンダなのだ。猫は身近にいるからいい。パンダは動物園にいかないと会えない。だから、パンダはもっと私みたいな人間が押さなければ!


こうして私の推し活はますますヒートアップしていくのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ライバルは推しの中にひっそりと紛れ込む 天鳥そら @green7plaza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ