第二話

「そのうち皆にちゃんと話すけど、とにかく離婚するから」

「えっ、ちょっと待って? なんで?」

 私が知る限り、両親の間に離婚するほどの問題はなかった――と思う。なにしろ自分もかつて「平和な家庭を築いている」と信じていたくちだから、「離婚なんてありえない」と一概に言い切れないのがもどかしい。

 それでも、驚くべきことに変わりはない。

「ねぇ、ほんとにどうして? お父さんと何かあったの?」

「お父さんとっていうか……それくらいしないと、この家と縁が切れないと思うの」

 母は眉をひそめて言った。「私がこの家から出て、どこかにアパートか何か借りるから、あんたも桃花ちゃんと一緒に出ていらっしゃい」

「ちょっとちょっと、本当にどうしたの? そりゃこの家を出て行きたいっていうのは……わかるけど……」

 胸に不安がせり上がってくる。「この家を出て行きたい」という気持ちが自分の中にもあることをはっきりと口に出してしまったら、もうここで暮らすことができなくなるような気がする。それはできない。

 でも、母がそうするというのなら。

 大人がふたり協力すれば、この家を出て、仕事をしながら桃花を育てることもできるのではないか。

「でも」と私は続けた。「ほかの皆はどうするの? この家に残しておくのは、その……」

「私だって、お父さんのこと嫌いになったわけじゃないし、この家に置いていくのが心配じゃないわけじゃないのよ。でも、あんたと桃花ちゃんを助けようと思ったら仕方ないでしょう。おばあちゃんは綾子さんがいないと駄目だし、お父さんにとっちゃおばあちゃんは自分の母親だし、圭一だって」

 母はそこまで一気にしゃべると首を振り、私の顔をじっと見つめた。「美苗。離婚のこと、誰にも言わないでちょうだい。しかるべき時が来たら私からちゃんと話すから」

「だから、ひとりで話を進めないでよ」

「こっそりでなきゃ駄目なのよ!」母は私の言葉を遮った。「お願い、離婚のこと黙ってて。特に綾子さんには言っちゃ駄目」

「なんで――」

「あの人なの。この家に住もうって譲らなかったの、綾子さんなの。ここなら美苗さんたちも一緒に住めるでしょ、家族は多い方がいいものって、そう言うのよ。私がこの家を出て行くって言ったら、きっと反対するわ。綾子さんが反対するなら、お父さんも圭一もそれに従うと思う。でも私、もうこんな家にいたくないのよ。真夜中になると何かが歩くの。ベッドの周りをぐるぐる回ってたこともあるの。ねぇ、こんな家にいたら駄目なのよ。私たちおかしくなるわ」

 母は鬼気迫る顔をしていた。

 私は混乱していた。頭の中が散らかっている。情報が整理できていない。綾子さんが何だって? どうして母は、綾子さんのことをそんなに警戒するのだろう?

 私が実家を出ている間に、一体何が起こっていたのだろう。

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