第七話
その日一日を費やし、ようやく引っ越しの片付けにケリをつけることができた。いらないものはかなり捨てたはずだけど、それでもものは多い。
布団の中で桃花を寝かしつけながら、私の気がかりはやはり綾子さんのことだった。
片付け作業の間、彼女は何度か私の様子を見にきて、「手伝うことある?」だの「お茶いれたから休憩しない?」だのと声をかけてくれた。そのこと自体はとても嬉しいのだが、気がかりでもあった。気楽な専業主婦だから――と言いつつ、彼女は一日中コマネズミのように動き回り、働いている。どうもほとんどの家事を、彼女ひとりが受け持っているらしいのだ。
七人の人間がこの家に暮らしている。そのうちひとりは自分の世話もままならない高齢者だ。兄はもちろん、父も母もそれぞれ退職後に再就職をし、日中はほとんど家にいない。やはり綾子さんに負担がかかりすぎているのではないか? そう思えてしまう。
そろって夕食をとる家族は皆楽しそうだった。絵に描いたような一家団欒の姿だ。それでもその光景が、誰かひとりの我慢によって成り立っているのだとしたら、それは歪だ。
おまけにこれからは桃花の世話すらも彼女の負担になる。実家の近くの保育園には満二歳児のクラスに空きがなく、これまで平日は毎日保育園に通っていた桃花は、家でお留守番ということになる。もちろん事前に話しあってはいるけれど、祖母もいるのに本当に大丈夫だろうか? それでもこうなったからには、綾子さんの「いいよ~全然大丈夫」に甘えるしかないのだ。日中外に働きに出ている私には、彼女に手を貸すことが難しい。
実際、昼近くなって起きてきた兄に「もう少し早起きして家のことをやったら?」と私が言ったとき、兄はこう答えたのだ。
「休みの日くらい寝かせろよ。綾子はそれでいいって言ってるんだから」
それからは私が小言を言っても、まるで聞く耳を持たなかった。
そもそもはこの兄が綾子さんに一目惚れして付き合い始め、かなり押して結婚にこぎつけたらしい。結婚式のスピーチで「この人と結婚する運命だと思った」なんて恥ずかしげもなく話していた姿を覚えている。そんなに好きな人ならもっと大事にすればいいのに――などと考えてしまうのは、余計なお世話だろうか。
寝入ってしまった桃花の横顔を見ながら、私は考えた。
(私たちは本当にこの家にやってきてよかったのだろうか?)
市役所で転居の手続きを済ませ、引っ越しの荷物をといて、それでもなおそんなことで悩んでいる。よかったとか、悪かったとかじゃない。「これでよかったんだ」と後で思えるように、これからやっていかなければ。
私はそっと布団を抜け出すと、桃花のお絵描き帳から夫の絵を破り、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。
深く眠っていたはずなのに、ふと目が覚めた。
あたりはまだ真っ暗だ。枕元の目覚まし時計を見ると、まだ夜中の二時だった。
疲れているはずなのに、どうして夜中に目覚めてしまうのだろう。もう日付のうえでは月曜日、仕事がある日だ。慣れない環境で緊張しているのだろうか。
もう一度眠らなければと思って体を動かし、布団を上に引っ張りあげた。
隣に桃花がいないことに気づいたのは、そのときだった。
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