第四話

 私は布団の上で体を起こし、耳を澄ました。時計の音がやけにうるさく聞こえる。その中になお、足音らしき物音を捉えた。やはり誰かが歩いている。

 隣では桃花が静かに寝息をたてている。一度寝入るとなかなか起きない子だ。私はそっと体を起こし、つけっぱなしだった電灯を常夜灯に切り替えて、部屋を出た。

 ひとつ屋根の下には私たちの他にも家族がいるのだから、足音がすること自体はなんらおかしくはない。ただその足音は、同じ場所を行ったり来たりしているように聞こえた。トイレに行こうと思ったとか、なにか飲みたくなったとか、そういう目的がある歩き方ではない。

(おばあちゃんかもしれない)

 そう思った。たまに夜中に起きることがあるとかで、綾子さんが一緒に寝ているそうだが、彼女だって深く寝入ってしまえば、祖母が起き出しても気づかないことだってあるだろう。万が一、祖母が外に出てしまっては大変だ。

 足音を殺してそっと階段を下りた。スリッパは履いていない。廊下の床を踏むと、つま先がひんやりと冷たかった。足の裏をぴったりと廊下につけ、身震いしながら耳を澄ませる。足音は暗い廊下の奥から聞こえるようだった。

 私はやにわに灯りを点け、声をかけた。

「おばあちゃん?」

 明るくなった廊下に人の姿はなかった。

 ただ、足音は聞こえている。無造作に畳を踏むような、たし、たし、という音は、足音にしか聞こえない。辺りを見回したそのとき、私の背筋に悪寒が走った。

 廊下の途中に、木製の引き戸を見つけたのだ。

 決して入ってはいけないと言われた、あの部屋の扉。

 一度見てしまうと、足音はその部屋の中で鳴っているようにしか聞こえなくなった。引き戸に近づいて耳を凝らしてみればいい。そうすれば確認することができる――そう思ってみても、足が動かなかった。


 入るなと言われたあの部屋の中で、本当に何かが歩き回っていたら、どうしよう。


 私は静かに踵を返した。廊下から離れると足音は遠くなる。

 祖母ではなかった。それでいいということにしよう。玄関のドアはきちんと閉まっているし、チェーンもかけられている。私の聞き間違いかもしれない。他の部屋で鳴っていたのかもしれない。水道の配管か何かがたてる音が、足音のように聞こえることがあるのかもしれない。

 音をたてないように階段をのぼり、元の部屋に戻った。桃花はさっきと同じ姿勢で、やはりよく眠っている。救われた気持ちになって、私は布団の中に潜り込んだ。

 眠りはなかなか訪れなかった。

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