第9話 最後の味方と新しい味方(予定)


絶対にソニエを守る。

朝食を食べ終え、私は図書館へ直行した。


まだソニエの異変は陛下達には気がつかれていないが時間の問題だった。

ソニエには一刻も早く国を出てもらう。


一番良いのは旅行と称して国を出ることだが、部屋で誰もいないのを確認してソニエに促しても絶対に私の傍を離れないと言われた。


ソニエはこういう時、とても頑固になる少々面倒くさい部分がある。


そのため今は図書館で国外追放について調べていた。



法律の前例をいくつか調べていると150年くらい前の物が目に入る。


「王子の錯乱?」


当時、第二王子に対して暗殺未遂が起こった。


第二王子が上手く逃げのびたことで未遂に終わったが、王子は犯人の顔を見ていた。

王子の証言で犯人と思われる侍女が捕まるが、その侍女はその時間帯食堂に居たことが大勢の者に確認されており無罪と思われる。


誰もが王子の勘違いだと推測したが、王子が証言を撤回しなかったため当時の国王は彼女と家族を国外追放にした。


(これだ‼)


やっと見つけた国外追放の方法に喜びながら図書館を出ると、目の前にはルーカスが居た。


「ルーカス!昨日は本当に」

「いえ、サラ様に怪我が無いようでよかったです…………リリスのことは残念でなりませんが……」

「うん…………」


ルーカスは私の手を握って励ましてくれる。


多分彼は処罰を受けただろう。

今も騎士の服を着ているということは除隊まではいかなかったみたいだが、王女の無許可の外出に手を貸し、危険にさらし、侍女を死なせている。


「これからも誠心誠意お仕えさせていただきます」


「え?」

思わずポカンと口を開けて目をまじまじと見てしまう。


「ルーカス、今回の事大丈夫だった?何か処分とか」

「いえ、陛下が問題無いと仰せで……」


ルーカスはどうにも歯切れが悪く答えた。


「そう……よかった!嬉しい‼これからもよろしくね‼」

抱き着くと、ルーカスは戸惑いながらも背中に軽く手を当ててくれる。


処分が無いなんてことはありえない。


リリスが亡くなった今、私が一番頼りにしているのはソニエとルーカスだ。

だからこそ、陛下はルーカスを私の傍に置き動向を探るように指示をしたのかもしれない。



信じられる物も人も減っていく。



私は足元が崩れていく様な感覚を押し殺して、ルーカスを強く抱きしめ呟いた。


「助けてくれてありがとう。つらいことをさせてごめんね」

言った瞬間、ビクッとルーカスの体が震えた。

抱きしめていた手を離すと目を丸くして私を見ている。


「サラ様、貴方は……いえ…………騎士としての職務ですから」




夕食後、ソニエに就寝時刻ギリギリに私の元を一人で訪れるように伝えた。


部屋に戻って一人になると、ソニエを国外追放にするための準備に取り掛かる。


ガラスの花瓶倒し、水や花を出来るだけ自然に床に落とす。

花瓶だけは回収してベッドの掛布団に包んでから叩きつけて音が出ないように割った。

破片を元の花瓶があった付近に散りばめ、大きい破片を取ってベッドや絨毯を切り裂く。


ずっと前、悪戯用に拝借していたロープを取り出して、カーテンレールを通す。

先端には一番大きい鋭利なガラス片を結びつけた。


部屋の中も程よく荒らし、ソニエをひたすら待つ。


ソニエが来る時間がせまると私は深呼吸をして、窓枠の下にある壁に背をつけ、壁と背の間にロープの先端につけたガラス片を置き、反対側のロープを持つ。


ロープを下に引き抜けば、カーテンレールを伝って背中がガラス片で切れる仕組みだ。

傷跡が垂直では不自然なので、体を少し捩り、左わき腹から右肩にかけての傷になるように調整する。


今まで色んな悪戯をしてきたが、流石に自分を傷つけたことは無いので手が震える。


(怖い……けど、やるしかない。ソニエの命がかかってる)


私はハンカチを口に含み、一気にロープを引き抜いた。


ザシュッという布の切れた音と激痛の後に温かい血が滴り落ちるのを感じる。

痛みで汗が出てくる。


想像よりもずっと痛いが、ここからは時間との勝負だった。

ロープからガラス片を外し、ロープは窓の外に投げ捨てる。


ガラス片で自分の体をまんべんなく切りつけていく。


ぽたぽたと血が垂れ、真っ白だった寝間着は赤く染まっていく。最後の仕上げに隣に置いていた写真立てを手に取った。



うまくいけば、ソニエは国外追放。

私の味方は居なくなる。他の使用人も、お兄様達も信用できない。


ポロポロと涙が頬を伝って震えていると、ソニエが遠慮がちに扉越しに声をかけてきた。

精一杯普通の声で答える。


「入っていいよ!ソニエをびっくりさせたいことがあるから部屋の中真っ暗だけどそのまま入ってきて!静かにね!」

「失礼します」


明るい所から急に暗い所に来たこともあり、しばらくしてからソニエは部屋の異変に気がついた。


「なっ!」


叫ぼうとしたソニエを見ながらすぐさまガラス片を首に当て、もう一方の手で人差し指を口に当てて黙らせる。


「まだ静かに、それと近づかないでね。静かにしないと今度は首を切るから」


涙を流し血だらけで微笑む姿は異常そのものだろう。

ソニエは口をおさえてひどく怯えている。


私は早口で説明した。

「ソニエ、筋書きはこうよ。私は黒いマントを被った男に襲われた。ソニエが入って来たことによってその男は逃げたと証言して。私はソニエに襲われたと嘘を吐く。でもソニエは一滴の血もついていないから前例通りなら犯行を証明出来ないとして家族全員、国外追放になるはず」


「そんな‼お願いします、サラ様!どうか落ち着いて‼」

ソニエが声を上げた瞬間に私は持っていた写真立ての角で、内側に向けて窓ガラスを割った。


バリンという音と共に、写真立てを捨て、床に這いつくばり、自分を切ったガラス片を窓ガラスの破片と混ぜる。

一つだけ血の付いた破片が見つかれば何かおかしいと怪しれる。


外に居た衛兵が勢いよくドアを開けるのが見えた。


「私に近寄らないで‼誰か!誰か助けて‼」

衛兵に聞こえるように、ソニエが何か口走らない様に声を張り上げて助けを呼ぶ。


駆け込んできた衛兵が絶句している。

「どうしました!……これは、何が!」


私の姿を見た衛兵が驚いて駆け寄ってくる。血が足りないのかふらつくし、一番深い背中の傷のせいで意識も危うい。

私は必死に衛兵に縋りついた。

「助けて!乳母に!ソニエにやられたの‼私を殺そうとしたの‼」


ソニエは私のことを悲痛な顔で見ている。

「サラ様……」


一言だけ発するとソニエは泣き崩れてしまった。



(ごめんなさい、こんな方法しか取れなくて)


心の中で謝りながら、私は助けを求め続けた。









「サラ様、朝食をお持ちしました」


ぼんやり2年前のことを思い出していると、ミーシャがドアの外から声をかけてきた。

「うん、入って」


クローゼットにエリックからもらったクマのぬいぐるみを戻し、ミーシャを招きいれる。



リリスが死に、私を助けた名前も知らない男も処刑され、ソニエが国外追放されてから2年が経った。

私はこの2年間、王宮の図書館であらゆる本を読み、知識を身につけた。

壁の秘密を知り、それでも今私が生きているのは王女という利用価値と、害にならないからという理由だけ。


だからこそ、身を守ってくれる味方を探して騎士達の間で強いと噂のエリックに出会った。

だが彼は弱みが多すぎる。

エリックが通っている孤児院の子供達は絶対に彼の弱みになる。




朝食を終え、アレンと稽古場で合流すると、彼は無表情に私の顔をじっと見ていた。

「何?」


「……ガキがなんて顔してんだ」

「え?」


私としては陛下に会って気分は最悪だったが、いつも通りに機嫌の良さそうな顔をしているつもりだった。

アレンはため息を吐くと、模擬剣を構えた。


私も木剣を構え、弾き飛ばされる衝撃に備える。


ルーカスの掛け声と共に、ぎゅっと目を瞑り、いつもの衝撃に耐えるべく体を固くしたが、少ししても何も起こらない。

目を開けるとアレンは全く動いていない。


「今日はお前から来い!」


きょとんとして見ているとアレンは無表情のまま動かない。


私は自分の木剣とアレンを見比べて、意を決して走り、アレンめがけて渾身の力で振り下ろした。


アレンが木剣と模擬剣を交わるように受け止める。

弾き飛ばされる‼と身構えたが、木剣はアレンの模擬剣と交わりながら音もなくスルリと速度を落として地面の少し手前で止まった。


「???」


剣が交わった音も、木剣が地面に落ちる音もせず自然と速度が落ちて力を吸収された様な違和感。


自分に何が起こったのか分からず見上げると、アレンはニヤリと悪い顔で笑った。


「面白ぇだろ、これが技術だ。何回やってもいなしてやるから本気でかかって来い!」


「…………」

私は試しにもう一回、全体重をかけて木剣を振りぬいたがそれも音も無く自然とアレンの剣と共に空中で止まる。


「ふふっ!何これすごい!」

いくら思い切り襲い掛かっても音も無く力が吸収される。


縦に振りぬいても横に振りぬいても、見様見真似の突きも、足を狙っても、回り込んで背中を狙ってもアレンの体に届く前に私の剣は空中で止まる。


(楽しい……すごく楽しい‼)


気がつけば私は笑顔になり夢中で剣を振るっていた。

アレンにどうすれば一撃入れられるのかだけを考えて振り続ける。

時間にしてみれば数十分の攻防(?)が続き、私はゼイゼイと荒い息をしながら地面に倒れ込んだ。


結局、一撃を当てるどころか一度も音が鳴ることすら無かった。

「サラ様!」


ミーシャが慌ててタオルと水を持って走ってくる。

ルーカスは呆然としてアレンを見ており、当のアレンは自慢げに模擬剣の鍔を肩に当ててトントンと調子をとっている。


「ハッ!ガキらしい顔になったじゃねぇか」

「アハハ!ありがとう、すっごく楽しかった!アレンって結構面倒見良いのね!」

「うるせぇ、そんなんじゃねぇ」


「ふふっ!」


誰を信じる信じない、国壁のこと、リリスや名前も知らない男のこと、全てを忘れて夢中になれたのは2年ぶりだった。


体の疲れからか、不思議な充足感と幸福感に満たされた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

愛する人達のために、大事な国壁ぶっ壊します @hirasakaharuka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ