第8話 決意

(音を!出さないと‼)


声は枯れて出せないが、音なら出せる。

彼らが荒っぽい言葉遣いをしているとはいえ、私は王女。


彼らと対峙するのは怖いがそれ以上に、このまま生き埋めにされる方がはるかに危険なことは理解できる。

私は何とか棺を蹴った。


ドンッ!と音が鳴り、持ち上げようと少し傾いた棺の動きが止まった。


「おい、今なんか音が……」

「あぁ」


(これで助かる!)


私は安堵と共に、もう離れなければならないリリスにもう一度抱き着いたが、男達がまだ話し合っている。


「どうする?」

「どうするってお前、このまま持ってくしかないだろ。それが規則だ」


男達の片方は迷い、もう片方は何を当たり前のことを言っているとばかりの言いぐさだ。


「…………今、開ければ」

「おいよせ‼下手に考えるな、俺達は言われたことだけやってりゃいいんだ」


(何言ってるの)


私は焦りながら、中から棺を開けようとガタガタと揺らすが鍵がかかっていて開かない。


「ァ………ゲホッ!」

声を出そうとしてもやはり枯れていて咳き込むような音しか出ない。


急ぎ棺の扉を叩いたが、逆に思い切り何かをぶつけられたのか大きい衝撃と共に低い声がした。


「うるさくすると棺ごとナイフで貫くからな、じっとしてろ。埋めたりしねぇから」


埋めたりしない。


男ははっきりとそう言った。

男の言葉が嘘か本当か分からないが、このまま貫かれたら逃げる場所なんてない。


私は男の指示に従い、静かにリリスに抱きついた。



どれくらい経っただろう。


ゆらゆらと私とリリスは運ばれ、一瞬の浮遊感と共に棺の中はひどく揺れた。

恐らく棺を投げられたのだ。


「じゃあな、俺らのために壁になってくれ」

「死ぬとこ確認しねぇのか」


「大丈夫だろ、気になるならお前が見張っとけ」

「…………」


(壁に……なる?死ぬ?)


男の言葉の意味が分からず、周囲の音に耳を澄ませているとギシギシと何かが這いずる音がして、またしても棺が持ち上げられる。


いや、持ち上げられただけではなく棺自体が何かに締め付けられている。


メキメキと音を立てて棺の真ん中が何かに締め付けられ、壊れていく。

私は急いで体を縮こめ、何かが棺を壊したことで出来た隙間から勢いよく飛び出した。


「子供⁉」

目の前には先ほどの片割れと思われる男が、燭台を持って少し離れた所に立っていた。

私達が運ばれて来たのは石造りの室内のようだった。

周囲は汚いがやけに空気は澄んでいる。


(リリス!)


私は棺に残してきたリリスが気になり後ろを振り返り、絶句した。



男の燭台に照らされ、壁一面の植物が蠢いている。

私の胴回りほどの植物がリリスに絡みつき、細かい蔓がその体を突き刺し始めた。


植物の下には棺の残骸と思われる物が残っており、周辺には同じ様な物がいくつも積み重なっている。


「リ……ゲホッ!ゴホ!」


叫ぼうとして咳き込みながら、私は無我夢中でリリスに駆け寄ろうとしたが、体は勢いよく反対側に引き寄せられた。


引き寄せられた方を見ると、男が青い顔をして私を片手で抱きかかえ、リリスに絡みついている植物から遠ざかる。


「何で子供が中に……いやそれより……」


リリスが植物に絡めとられ、突き刺されながらその中心部へ引き込まれていく。

私は男の手に爪を立てて逃れようとするが、その腕はまったく緩まない。


しばらく男の腕の中でもがいていたが、リリスの姿が完全に植物の壁に飲み込まれ、私は力無く泣き続けた。


男はずっと私のことを見下ろし、何かを考えている。


「おーい!ちゃんと死んだか~?飯にしようぜ~」

この場にそぐわない呑気な声が遠くからした。


声の方を見ると、植物とは反対側に出入口があり、その奥から片割れの男の声がしている。


「あ、あぁ!すぐ行く‼先に食っててくれ!」

「あいよ~」


私を抱えた男は出入口に叫ぶと、ゆっくりと私を降ろした。

「頼むから暴れるなよ……お嬢ちゃん、もしかして王女様か?」


私は泣きながらも頷いた。

頭の中ではさっきの光景が目に焼きついて離れない。


ふらつく私を男は腕を持って立たせ、正面を向かせる。

「いいか、本当はコレを見られたらそのまま殺して壁の栄養にさせるきまりなんだ。このことを誰にも言わない。約束できるか?出来るならここから逃がしてやる」


約束なんて出来るわけがない。

リリスが連れていかれたのだ。


勢いよく首を横に振ると男は私の腕を持っている手に力を込めて睨んできた。


「いいか、あっちは死んでいた。死んだらもう物と同じなんだ。考えるな。物が一つ壁の栄養になっただけだ、諦めろ…………頼むから諦めてくれ、娘と同じ年の子を殺したくないんだ」


泣きながら首を振っていると、男の声が縋りつくように弱くなる。


貴方たちはなぜこんなことを?

あれは何?

なぜリリスがこんなめに合うの?

城に秘密の道なんてあったのはなぜ?


いくらでも湧く疑問。

それでも声が出せず、ただ思うだけになっている。


私はもう一度リリスを取り込んだ植物を見た。

室内で風が吹いていないのに、気持ちのいいそよ風に乗っているかのようにサワサワと音をたてながらなびいている。


彼らの言う〝壁〟


それがこの部屋の壁という意味でないことはもう気がついていた。

その植物で埋め尽くされた壁は小さい頃からよく見たことがある。




〝民を隣国から守る大事な国壁は、民の死体を栄養に成り立っている〟



リリスを傷つけられ、取り込まれてしまった絶望、怒り、どうすればいいのか分からない煮えたぎる感情の矛先が分からずに、私は唇を噛み、服を握りしめた。


「……もし、この壁が嫌だと思っているなら……壊してくれねぇか」


ポツリと男が聞こえるか聞こえないかぐらいの声で言った。


私が男を見ると、男は首を振った。

「いや、やっぱなんでもねぇ。それより落ち着いたな?このこと誰にも言わないって約束できるか?」


しばらく沈黙した後に私は頷いた。

男は安心したように眉を八の字に下げて私の手を引いた。


(国壁を…………壊す?)


国壁がどれだけ大事な物か、無くなればその先の隣国、ラクロバ王国が脅威となることは小さい私でも分かる。

そんなもの、壊していい訳が無い。


この男は死んだら物と同じだと言った。


(でも、リリスは物じゃない)


グルグルと頭の中で答えの出ない考えが巡る。そして私は男に手を引かれ、来た時と一緒と思われる道を歩いて行った。

男も私に思うところがあるらしく、黙ったまま険しい顔をしている。


私達は自分のことで精一杯で、もう一人の男が息をひそめて部屋の様子をうかがっていたことなど気がつきもしなかった。





リリスと居た部屋に戻され、私は見まわりの人間に気がつかれないように自室ではなくソニエの部屋に行った。

このボロボロの姿で自室に戻れば部屋の外に居る護衛に何を言われるか分からないし、何より無性にソニエに抱き着きたくなった。


コンコンと軽くノックをすると、しばらくしてソニエの返事が聞こえる。

声が出ず、返事をしない代わりにココンッコンコンと小気味よく以前怒られたノックすると、ほんの少しだけドアが開く。


ドアの隙間から目が合うと、ソニエは驚きに満ちて私を見た。

「サラ様‼どうしたのです!」


ソニエは私を抱きしめて、中に引き入れてくれた。


さっきまでリリスと一緒に居たこともあり、ソニエの体がとても暖かく感じる。


感情がふりきれてしまったのか頭の中はやけにすっきりとして、ソニエに声が枯れていること、事情を離せないが今は危険が無いこと、身支度を手伝って欲しいことを冷静に紙に書いて伝えた。


ソニエは動揺しているようだったが、お湯で体を拭いてくれて、新しい寝間着を用意してホットミルクにハチミツを混ぜた物、喉に良い飴もくれた。


ひと段落してホットミルクで手を温めていると、その手をソニエが包みこんでくれる。

「サラ様、何があったんですか?…………絶対に誰にも言わないと誓います。だから、私を信じて教えてくれませんか?」


じっとソニエが見つめてくる。

その瞳は私を心の底から心配してくれている、物心ついた時から変わらない優しい瞳。


あの男と誰にも話さないと約束したけど、正直一人じゃ抱えきれなくて、私は横に置いてある紙に書いてしまった。


『国壁について、知ってはいけないことを知ってしまったの。リリスの遺体は埋葬されていなかった。ひどいことをされてた』


震える文字でそれを書き、ソニエに見せるとすぐさま燃やす。


ソニエは目を丸くし、私を抱きしめてくれた。ソニエの体はやっぱり暖かくて、安心して私はそのまま眠ってしまった。







「サラ様、サラ様!」

「おはよう、ソニエ」


ぼんやりと目を開けると、自室に居た。ソニエが運んでくれたらしいが何故か青い顔をしている。

「サラ様、すぐに起きてください!陛下がお呼びです!」

「うん?うん、わかった」


返事をして、声が出たことに安心した。


私の父であり、この国の国王である陛下とはほとんど話をしたことが無かった。

重要な式典などで一方的にお顔を拝見したり、式典終わりに一言二言話したことがあるくらいで父親と言われてもよく分からない。


こんなにも急いで呼ばれたことはない。


(私を心配してくれた、とか?)

じわっと胸に温かさが広がった。

昨日私のせいでリリスが死に、壁になってしまった。それは凄く申し訳なくて後悔していて、でもそれとは別に初めて父親から心配されて嬉しいと思ってしまった。


嬉しさと同時に、リリスに謝った。

そして、父への期待もした。


(陛下だったら、あの壁のことをどうにか出来るんじゃないの?)


相反する気持ちのまま、ソニエに支度をしてもらっているとソニエは度々壁を見やり、手が震えていた。その姿を見て、詳しい話はしなかったけど話してしまったことを申し訳なく思う。



支度が終わり、謁見の間に私だけ入るとそこには宰相を始め大臣などの国の重鎮達、中央に陛下、そしてなぜか血だらけの、昨日の夜に私を助けてくれた男が衛兵に抑えられていた。


(何?どういうこと?)


部屋の中は静まりかえり、妙な緊迫感がある。

足がすくんで動けないでいると勢いよく後ろの扉は閉められた。


「もっと中央に来なさい」


威厳のある陛下の声が響き渡る。

大人達に見られ、恐怖で震えるなか無理やりに足を動かして中央に行く。

血だらけの男と目が合うと、このまま殺されるのではないかと思うほどに睨まれた。


「サラ。その男が言うには昨日、お前をある所から救ったらしい。事実か確認するためにお前をここに呼んだ。事実か?」


「あ……えっと…………」

事実ではある。

(けど、こんなにも大勢の前で言っていいことなの?)


答えられずにいると、先ほどまでの威厳のある雰囲気が和らいで陛下は優しい口調で話しかけてきた。

「安心しなさい。この男の話が事実ならこの男には褒章を与えようと思っているだけだ。何せ私の娘を救ってくれたんだ。本当の事を答えれば良い」


陛下の言葉にほっと胸をなでおろして私が口を開きかけたその時、男が衛兵を押しのけて吠えた。


「とっとと答えやがれ‼俺があの箱から出してやったからお前は助かったんだ‼俺のおかげだ!俺が箱から出してやらなきゃお前は今頃死んでんだ‼」


「静かにしろ‼」


地鳴りとも思える程に男が吠え、衛兵に頭を押さえられてそれでも私のことを睨んでいる。私は一歩下がった。

今から彼を弁護しようとしているのにこれでは話がややこしくなる。


深呼吸して気持ちを整え、彼を弁護するための言葉を言おうとしたとき違和感に気がついた。


(…………箱から出した?)


箱、とは多分棺のこと。大きな声で棺の事を言えないから彼は箱と表現した。

それは良い。でも彼の言葉はおかしい。


私は壊れかけの棺から自力で出た。そこを彼に見つかったのだ。

(言い間違え?2回も?それとも褒章目当て?)


「どうした、この男の言っていることが本当かどうか、それだけだ」

陛下の声にビクリと肩を震わせて顔を見ると、その顔は無表情で怖かった。


急速に頭が回転しておかしな点がいくつも出てくる。


王女を救ったと言っている男がなぜ血まみれなのか。

男のやっていることは絶対に秘密のはずなのに、国の重鎮達は顔色を変えずに立っている。

国壁の実態を彼らが知らないわけがない。


(私は試されているんだ)


彼が死ぬことは決まっていて、私は第一王女で身分があり、国として利用価値があるから殺すかどうか迷っている。

目の前の男を切り捨てて、知らないフリが出来るようなら生かす。

出来ないなら殺す。


現状を理解して周りを見ると、扉を守っている騎士と目が合い、悲痛な顔をして逸らされた。

ドクドクと心臓の音が早くなる。


私は震える声で言ってしまった。

私がどちらを答えても彼の死は変わらない、それでも言った瞬間に死が確定する言葉を。


「し、知りません……会ったこともありません」


言った瞬間に汗が吹き出し、目の前の男と目が合う。

ビクリと震えて尻餅をつくと男は微笑み、声に出さず口だけを動かした。


『よくやった』


「あっ……」

私が何も言えずにいると、陛下は満足そうに頷き手で男を連れていくように示した。


「サラ・イグニス・ルーリア。王族は人ならざる者である。人の理に、情に、理解は示しても寄り添ってはならない。この事を肝に命じて過ごせ」


もう用は無いとばかりに陛下が手で合図をすると、騎士が私に手を差し出し立たせてくれた。


「サラ様‼」

退出すると、ソニエが駆け寄ってきた。


「サラ様、お顔の色が!何か温かい物でも……」

心配してくれているソニエの声を聴きながら、私は別の事を考えていた。


昨日、私はソニエに話してしまった。

そして、ソニエはあの時から明らかに様子がおかしい。


このままでは、ソニエが殺される。



頬を包み込むように撫でてくれるソニエの手を触ると温かい。

(絶対に駄目!ソニエに死んでほしくない‼)


私はにっこりと微笑むとソニエの手を引き離した。

「心配してくれてありがとう!大丈夫よ‼陛下が昨日のことで心配だったって言ってくれただけなの!」


明るく、天真爛漫を装って答えるとソニエが目を丸くしている。

「でも疲れちゃった、朝食はお部屋で食べるから戻りましょ!」


軽快に歩く私を見て、護衛の騎士もソニエも誰もついてこない。

「どうしたの?もうお腹が減っちゃった!早く戻ろう」


こてんと首を傾げてから、それでも動かないソニエの手を引く。


謁見の間から戻る途中、さっきの男の顔が思い浮かんだ。

『……もし、この壁が嫌だと思っているなら……壊してくれねぇか』


(国壁を……壊す……)


ソニエの手を引きながらぼんやりと歩いていると、昨日のリリスが亡くなった件で心配して使用人がたくさん声をかけてくれた。

いつもいつも悪戯ばかりして困らせているのに、本当の父である陛下よりも私のことを心配してくれている大好きな彼ら。


彼らも亡くなったらリリスの様に国壁の栄養にされてしまう。


亡くなる前でも、知ってしまったら殺されてしまう。

そんなもの、必要だろうか。


〝王族は人ならざる者である。人の理に、情に、理解は示しても寄り添ってはならない〟


陛下が言った言葉。

亡くなった人間や秘密を知ってしまった一部の人間のことは切り捨てろということ。

(でもそんなもの間違ってる。民を守る物で民を苦しめるのはおかしい)


まだ驚愕の表情で私に手を引かれているソニエを見て、心配そうに私に声をかけてくれる使用人達を見て声には出さずに私は誓う。


(国壁を必ず壊す)


それが、私を助けて死んでしまったリリスとあの名前も知らない男へのせめてもの償いだと思う。



でもその前に一つ問題を片付けなければならない。

このままではソニエが殺されてしまう。


でも大丈夫。

ぎゅっと胸の服を掴み、生きていたら私と同じようにソニエのことを一番に心配する人に、にっこりと微笑む。


(私、人を騙すの得意だから!必ずソニエのことを守るよ‼リリス‼)

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