おしまいのはじまり

 歩き始めると、真っ暗闇だった視界は、徐々に明るくなっていった。眩しくなく、どこか安心する明るさだった。深海に光があることに僕は不思議に思ったが、しばらくするとその光の理由がわかった。

 遠くの方に光が見えた。その光は、どうやら洞窟の中で何かが光っているらしい。


(この光は、もしかしたらあの歌声と何か関係があるのかもしれない)


 僕は意を決して洞窟へ入った。


 その洞窟はかがんでようやく進めるほどの、小さな洞窟だった。しばらく進んで行くと、僕は月を見つけた。海の底の小さな洞窟の中に、満月がぽつりと浮かんでいた。なんとも不思議な光景で、僕は首を傾げた。


 それはすぐ近くまでこないとわからないほど、ささやかな月光だった。


 空に浮かぶ月のようにキラキラと光っているわけではなかった。しかし、月のそばへ来ると、ほのかに光っているのがわかった。


 眩しくもなく、強くもなく、やわらかい銀色の明かりが、この小さな洞窟をそっと照らしていた。


 長い暗闇の旅の中で、僕はようやく光を見つけた。僕はその時、何か一つの、けれども大きな答えを、見つけたような気がした。


 そこは小さな洞窟だったため、手を伸ばせばすぐに月に手が届きそうな距離だった。僕はその月に手を伸ばしてみた。


 すると、月に触れた瞬間、月は砂になって溶けていくように、崩れ落ちてしまった。さっきまであったはずの満月は、跡形もなく消えてしまった。


 せっかく光を見つけたのに、その洞窟はまた真っ暗になってしまった。


 どうして触れてしまったのだろう。そんな後悔が押し寄せて、俯いたときだった。

 ふと地面を見てみると、きらきらと光る小さな粒があることに気がついた。
 崩れ落ちた月が、小さな光の粒になっていた。粒になった月は、夜空の星みたいに、きらりと小さく光っていた。洞窟にはまだ、ほのかに明かりが灯っていた。

 その小さな粒は、列になって、小さな道を作っていた。どこかへ向かおうとしていた。月は消えたわけではない。形を変えて、僕を導いている。



 僕は目を凝らしながら、その光を追いかけていった。すると、僕は一枚の扉を見つけた。

 岩だらけの壁の中、ぽつんと木製の扉があった。まるで岩の中に魔法使いが魔法で作ったような扉だった。


 耳を澄ましてみると、扉の向こうから、歌声が聞こえた。

 この扉を開けたら、深海の旅が終わる。そして同時に、新しい旅が始まる。果てしない旅が、その扉の向こうで僕を待っている。そんな予感がしていた。

 僕はその扉の前で立ちすくんでいた。僕は扉の先へと踏み出す覚悟ができずにいた。
 何かを始めたりやめたりすることは、こんなに怖いものなのだと初めて知った。できることなら何も変わらないでいたいと願ってしまう。


 何かが終わる瞬間、同時に新しい何かが始まる。


 何かを知るたびに、進めば進むほど、僕は自分の無知を発見していく。そしてまた、僕は新しい地図を得て、「探さねばならない」という使命感に駆られる。

 僕は自分で歩き始めたこの旅の、果てしなさに気づいてしまった。


 僕が探しているものが、目指している場所が、どれほど遠い場所にあるのか。どうやって辿り着けばいいのか。これからどうしていけばいいのだろう。


 今まで気にもかけてこなかった、あらゆる複雑な不安や思いが渦巻いて、僕の心に絡みついてきた。


 僕はその時、不思議な感覚に襲われていた。生まれて初めて味わう感覚だった。

 どうしていけばいいのか。その答えが見つかったような気もするが、逆に余計わからなくなったような気もする。


 不安で怖くて緊張しているはずなのに、それと同時に、胸がドキドキと高鳴って、ワクワクもしている。

 そんな矛盾を抱えてながら、僕はどこか清々しいような気持ちでもあった。


 考えれば考えるほど、とめどなく思考は溢れてきた。


 もう、考えたってしょうがない。


 どんなに考えていたって、もう引き返すことなんてできないし、戻れたとしてももう戻ることはないだろう。


 僕を月を見つけた瞬間、何か一つの答えを見つけたような気がした。海底の旅のおしまいにたどり着いたつもりだった。


 しかしそれはまだ「おしまい」ではなく「はじまり」に過ぎなかった。いつかやってくるおしまいは、別の何かの始まりに繋がっているのだ。

 今はただ、今この瞬間をなんとか乗り越えていくしかないのかもしれない。ただ、目の前にあることをひとつひとつ、やっていくだけ。


 これまで歩いてきたように、落ち着いてひとつひとつ、乗り越えていけばいい。


 きっと、長い旅になりそうだ。

 コンパスも地図もない。目印は自分の心だけ。

 心をしっかりと握って、手を離さないで。



 僕はドアノブをゆっくりと回して、扉を開けた。



 さあ、旅を始めよう____。

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海の底の月 mino @yuu_ymgi

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