旅の途中で
僕は暗闇の中を真っ直ぐと歩いていた。
海の底を歩き続けてから、長いこと時間が経っているような気もするが、ここには時計など存在しない。一体ここはどこなのだろう。
先は見えず、目の前には真っ暗な世界が、ただ漠然と続いているだけだった。他に誰かがいる気配もなく、もちろん見えることもなかった。ただどこか遠くで、僕を呼ぶ声が聞こえていた。
海の底を歩く旅の、果てしなさに、僕は初めて気がついた。
(こんなにも広い海の中で、僕は本当に、たどり着けるのだろうか。あの歌声のもとへ)
歩いていると、脳裏にぼんやりとした記憶のかけらが何度かよぎった。しかし、思い出そうと手を伸ばすと、簡単に消えていってしまう。
途方に暮れて、立ち止まる。そしてしばらく休んで、ぼんやりと考えて、また歩き出す。その繰り返しだった。
どんなに歩いても、見える景色は変わらなくて、ちゃんと進めているのか不安だった。 大切な何かは、探しているものは、見つけたかった何かとは、もうとっくに過ぎ去ってしまったのではないか。そんな不安に襲われた。
(自分を信じ続けるというのは、本当にむずかしい)
自分を信じる。言葉にするとこんなにもシンプルなのに、なんて奥行きの深い言葉なのだろう。いざ旅を始めてみたら、そんなシンプルだと思っていたことさえ、できなくなっていた。
(大丈夫、大丈夫) 僕はお守りみたいにその言葉を何度も唱えた。 (できないという自分を知ることができたのは、きっと成長している証だ。) 僕は不安をかき消して励ますように、また歩き続けていた。
そうやって歩いているうちに、ふらふらとおぼつかない足取りになって行った。徐々に靴の底が削れていくのを感じていた。
あるとき、僕は足元にあった小さな石に足を引っかけて、つまづいて転んでしまった。膝にじんわりと痛みが走った。
(……痛い)
転んで、膝を擦りむいた。それだけのことだった。
それだけのことが、今はとてつもなく心に重くのしかかってきた。
僕は転んだ状態のまま、しばらくぼうぜんとしていた。かすり傷でズキズキと痛む膝を抱え、立ち上がる気力もなかった。地面にごろんと横向きに横たわったまま、(ああ、惨めだなあ)と思った。
浅瀬で暮らすのは辛くて、僕は深海に来た。それなのに、僕は何をしたかったのか思い出せなくなっていた。
(もう、やめよう)
旅の途中で、何度か立ち止まったことがあった。だけど今度はもう、本当に、歩くのをやめようと決意していた。
すると、またあの歌声が聞こえてきた。その声は、僕を呼んでいる。
僕はハッとして、顔を上げた。 今まで、その声はぼんやりとしか聞こえなかった。しかし今、その声は、はっきりと聞こえていた。
僕は体を起こして、座ったまま、ぼんやりとその歌声を聴き浸っていた。
(もしかしたら、すぐ近くまで、来ているのかもしれない)
そう思うと、僕の胸がドクドクと高鳴った。
もう少しだけ、もう少しだけ。わずかに残っていた力を振り絞って、僕は一歩ずつ、また歩き始めた。
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