第171話 プレッシャー

田中さんは某大手海運会社の倉庫の夜間警備をしている


その日、最終退出の社員・横山さんが21時に警備ボックスにやってきた


「センサー入れたんで、後はよろしくお願いします」


横山さんが帰ってから15分ほど経った、ある瞬間


田中さんが気配を感じて警備ボックスから外に目をやると


消灯されて真っ暗だった倉庫横の事務所2階に、ボーっと灯りがついている


あれ?

横山さん、自分が最後だって言ってたのに・・・まだ誰かいたのかな?


2階の照明が点いたのではなく、テレビが点いて灯りが漏れている、という感じだ


窓からは人影が確認できず、誰がいるのか分からない


横山さん、運転中とは思うが・・・とりあえず確認してみよう


田中さんは横山さんの携帯に電話をかける


「はい」8コール目くらいで横山さんが出る


「あっ運転中にすみません警備の田中ですが、退出された時、横山さんが最終だったんですよね?」


「ん?そうだけど。なんで?」


「いや、20分ほど前から事務所に薄灯りが点いてるんです。真っ暗な部屋でテレビ見てるような感じで・・・だからまだ、誰か残ってるのかなと思いまして」


「そんなことないよ。電気ついてるの?」


「はい。真っ暗だったのに、今は」


「俺、セキュリティー入れたから誰か居たら警報が鳴るはずだけど・・・まぁ切り方知ってる人間なら切れるけど。う〜んちょっと気になるから、戻るわ」


それから30分後、横山さんが倉庫に戻ってきた


「あれ?本当だ・・・ちょっと見てきますわ」


そう言って横山さんは事務所に入っていった


田中さんが事務所2階を見上げていると、10分後に横山さんが出てきた


2階から漏れる灯りはそのままだ


「あっ、どうでした?誰かおられました?」


田中さんは横山さんに声を掛ける


「田中さん、あれね・・・あのままでいいわ。もし、このあと灯りが消えても気にしないで。もし誰か、僕より先に出勤してきて灯りのこと聞いてきても、僕からそのままにしておいてと言われたからと、言っておいて」


そう言うと横山さんは車に乗り込み、少し暗い表情のまま門を出ていった


その後、事務所の灯りは消えることなく、朝方5時過ぎには空が白んできた


6時前に最初の社員さんが出社してきたので


「異常なし」と報告し、田中さんは倉庫を後にした


それから数日後の夜。


横山さんが警備ボックスにやってきた


「センサー入れたんで、後はお願いします」


そう言って車に向かいかけた横山さんが戻ってくる


「田中さんは、真っ暗な倉庫警備していて怖くない?」


「いえ、特には。倉庫内を巡回するわけじゃないし、この門だけですから。どうしたのですか急に」


「変なこと聞くけど、田中さんって霊的な事を信じる?信じない?」


「ああ、科学で証明できないことって世の中沢山あるだろうなぁ、とは思いますよ」


「うん、僕もそうなんだけどね。あのさ、数日前、事務所に灯り点いてたじゃない?」


「あっ、ええ。あれ何だったんですか?・・・あ!それが、そっち系の?」


「実はさ。・・・あ、時間いい?」


「全然大丈夫ですよ」


「事務所に、10日ほど休んでる27の男性がいるんだよ。その子に、ある報告書の作成を任せてたんだよね。結構重要な報告書だったわけ。だけど本人が休んじゃってるから、代わりに別の人間が引き継ごうということになった。日も無いし。ところが作りかけのそのデータ、本人のPCのどこに保存してるのかが分からない。いやそれ以前に、彼のPCのパスワードが分からない。だから事務員が連絡入れたんだよ。だけど一向に連絡が取れない。そうこうしてると親御さんから電話が掛かってきて、本人が脳梗塞で緊急入院したという。で、あの晩・・・」


事務所に入り、2階に上がった横山さんは、1台のPCのモニターが点いているのに気が付いた


それは緊急入院した男性のPCで、画面ではまさに報告書の入力が進行中だ


あ!彼が病院からリモート操作でもしてるのか??


"まずいな・・・"


横山さんは事務員に電話を掛け、彼の親の電話番号を確認


そして電話を掛けた


『はい、◯◯です』


「あっ夜分に申し訳ございません、わたくし◯◯さんの会社の者で横山と申します。彼はいま、病室におられると思うのですが・・・」


『いつもお世話になっております。父親の◯◯です。いま、病室から出て参りました』


「あっ、御看病されているところ誠に申し訳ございませんでした。あの、早速なのですが、彼に『報告書は大丈夫だから無理するな』とお伝え願えませんでしょうか?」


『報告書?・・・はあ、あの・・・意識が戻りましたら伝えます』


「・・・えっ?」


電話中も画面上ではカーソルが忙しなく動き、次々と文字や数字が入力されていく


非礼を詫び、電話を切った横山さんは呆然と画面を見つめる


じゃあこれは誰が入力してるんだ・・・


怖くなった横山さんは、PCをそのままにして事務所を出た


田中さん「えっ?じゃあその方は・・・」


横山さん「まだ意識が回復してない。もう、ダメかもね」


「その入力、どうなったのですか?」


「PCは点いたままで、誤字・脱字はかなりありましたけどね。翌朝完成してましたよ」


「他の誰かが作ったとか?」


「いや、誰も心当たりがないし、第一、彼のPCに侵入すらできないそうです」


その後その海運会社は、両親からパワハラや過重労働で訴えられた


被告側の中心人物は横山さんだそうだ

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