第170話 洗う
Oさんは某不動産会社に勤める主任(38)だ
ある日、カップルを部屋の内見に連れて回っていた時のこと
3件目のマンションで、まず最初に部屋に上がったOさんは、リビングのフローリングに木の板が落ちているのを見つけた
大きさ的には、よく居酒屋の下足箱などに付いている木札の鍵くらいだ
何やら筆で文字が書かれているが、古めかしくて読めない
大きさの割にはずっしりと重い
その木板を拾ったOさんはさり気なくズボンのポケットにしまう
カップルはそれには気付かず、その部屋を気に入ったそうで契約となった
夕方、Oさんは帰宅し、そのまま洗えるタイプのスラックスのズボンを洗濯カゴに入れる
奥さんは夜勤のため入れ違いだ
Oさんは洗濯を始める
リビングでくつろいでいると、洗濯機を置いている洗面所の方からガタガタガタガタと音が聞こえてきた
5歳の息子が何事かと走っていく
「ガタン!ガタン!ガタン!ガタン!」
激しく暴れるような音が聞こえ、息子が走って戻ってくる
「パパたいへん!せんたっきがこわれた!!」
Oさんは椅子から立ち上がりながら、木板をポケットに入れたままだったことを思い出した
縦型洗濯機の前までくると、自動停止が働いたらしく止まっている
Oさんは洗濯槽の蓋を開けて中を見る
「うっわ?!」
突然叫んだOさんの声に息子がやってくる
「どうしたの?」
「しょうた、台所から青いゴミ袋1枚持ってきて」
「わかったー」息子はビニール袋を取りに行く
洗濯物に、黒い髪の毛が絡まっている
それもかなりの量だ
Oさんは真っ先に、排水口が壊れてゴミが逆流してきたのかと思った
息子がビニール袋を持ってくる
洗濯物に絡んだ髪の毛を取り除き、ビニール袋に捨てていく
衣類に絡んでいた髪の毛は相当な量だ
「ママのかみのけ?」
「う〜ん、みんなのかなぁ」
いや、妻の髪型はボブで明るめのブラウンだし、こんなに長い黒髪は我が家にはいない・・・
そこまで考えて初めてゾッとした
「あっ、木札は」
洗濯物から、絡まったズボンを引っ張り出してポケットを探ってみるが、ない
おかしいな・・・ポケットに入れたままだと思ったんだけど・・・
その他の洗濯物や洗濯槽の中を確認したが見当たらない
どこに消えた?
まさか溶けたわけでもあるまい
Oさんは改めて洗濯しなおし、今度はスムーズに洗い終わった
一応奥さんには髪の毛のことを伝えたが
「え〜っそんな大量の髪の毛っておかしいなぁ・・・この前洗濯槽クリーナー入れて洗浄したのに」
なんだか腑に落ちないようだ
そして翌日の夜
息子の姿が見えないな・・・やけに静かに遊んでいるな・・・と思っていると
「せんたっきのなかにおんなのひとがいる〜〜〜!!」
キャーキャー言いながらOさんのところにやってきた
「えっ?どこに?」
「せんたっきのなか〜〜〜!」
「洗濯機開けたの?あぶないよ?」
「とまってからあけたー」
息子と一緒に洗面所に確認しにいく
どうやら息子は、風呂場の椅子が洗面所に出ていたので、それに登って覗き込んだらしい
洗濯槽を開けるが特に異常はない
「だれもいないじゃん?」
「いたの!こっちみてたの!」
「てかどうして見ようと思ったの?」
「よばれたから!」
洗面所から女性の声が聞こえてきたので向かうと、止まった洗濯槽の中から「ん〜ん〜」と微かな声がしたらしい
で、椅子を使って洗濯槽の蓋を開けると、脱水された衣類の中心に女性の顔があり、笑ったというのだ
そして息子は何故か、それを怖がっておらず笑顔で話してくる
「ほんとにいたよ〜!」
なんだかよく分からないが、危ないから洗濯機に近付いてはダメだと息子にクギを刺す
そして2日後
帰宅したOさんがいつもの様に洗濯機をセットしてリビングでくつろいでいると
いつの間にか息子がいない
ダメだと言ったのにまた洗濯機を覗いているのだろうか
そーっと洗面所に向かい、覗き込んで全身から血の気が引いた
「しょうた?!しょうた!!」
頭から洗濯槽に突っ込んで足首だけ見えている息子
水の張った状態で止まった洗濯槽の中で、洗濯物に絡まっている息子を引き上げる
「しょうた!!しょうた!!」
意識がない
慌てて119に連絡を入れる
「しょうた?!しょうた?!しょうた!!」
意識が戻らない
人工呼吸・・・いや、息はしてる!
洗濯水を飲んでしまっただろうか?!
あれこれ頭を巡るが、パニックで何をどうしていいか分からずオロオロするだけだ
そのうち遠くから救急車のサイレンの音が聞こえてきた
・・・息子はどうやら溺れてすぐに気を失い、ほどなくOさんが引き上げたようだ
胃の洗浄を行い、1日病院で過ごしたあと家に戻る事ができた
息子いわく、女の人に誘われて一緒に湖で泳いでいたという
洗濯機に頭から突っ込んだ記憶が無いようだ
妻には木札のことを話せないまま、Oさんは洗濯機をドラム式に買い換えたが
たまに息子がジーッと洗濯機を眺めていることがあるそうだ
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