第168話 ささやかな神様
Yさん(22)は公務員試験を受けたあと、家路についた
やり切ったけど正直、ほとんど自信がない
ダメだろうなぁ・・・そんな事を考えながら歩いていると
道の向こうから、浮浪者というのか、森に逃げ込んだ時のランボーとでも言うのか
大きな"ずだ袋"に穴を開けて被っただけの格好をした老人が歩いてくる
皮膚は汚れ、白髪はグシャグシャに伸び放題
その老人が、通りすがりの歩行者に何やら声を掛けては無視される、を繰り返している
皆、関わりたくないようだ
そしてついに老人とYさんがすれ違った
すれ違いざま老人が
「ワシ散髪屋に行きたいねん・・・」
声を掛けてきた
Yさんは立ち止まる
普段ならその汚い老人を避けていただろう
だが今日は、やり切った開放感で晴れやかだった
「散髪屋ですか?」
改めてよく見ると、老人の右手にはビニール袋が被せられ、包帯でグルグル巻きにされている
右手首から先が無いようだ
かすかに腐臭が漂っている
「散髪屋行きたいねんけど場所が分からへんねん」
「何という散髪屋ですか?」
そもそも金は持っているのかと聞きたいところだったが、おおよその場所を確認し、携帯電話のGoogleマップを開く
ところがその辺りに散髪屋らしきものがない
「お爺さん、散髪屋なんて無さそうですよ?」
「あるねんて。河原の橋の下」
「う〜ん散髪屋なんて無さそうなんだけど・・・じゃあ近くまで一緒に行きましょうか?」
「おっ、頼むわぁ〜お兄ちゃん」
Yさんは老人と共に、その散髪屋があるという河原に向かった
道行く人々が、ずた袋の浮浪者と紺のスーツ姿の青年が並んで歩いているのを、不思議そうに眺める
15分ほど歩くと河原の橋のふもとが見えてきた
「あっ、あそこや」
「えっ?」
散髪屋などない
更に近付くが、老人がここやここやという場所は、更地だ
「何もないですよ?」
「ええねんここで」
うすうす分かっていた事だが老人は、頭がおかしいのだろう
関わらない方が良かったかな・・・
「お兄ちゃん、ありがとう!」そう言って老人は、ビニール袋に覆われた手のない腕を伸ばしてきた
「あっ、いえ」
Yさんは何故か、躊躇なく老人の腕を両手で掴むと「握手」する
と、その瞬間
老人の腕から物凄い衝撃がブワッ!!と伝わってきた
「うわっ?!」
全身が感電したような身震いを起こし、思わず両手を離す
老人はYさんに背を向けると、ぶつぶつ言いながら更地の中をぐるぐる歩き始める
Yさんはというと
"俺、今はっきりと疑いようもなく公務員試験に受かったわ"
「やった!やった!!」両腕を突き上げる
チラとYさんを見た老人が微かに笑う
1週間後、WEB上で合否の発表があったが、Yさんは穏やかに画面を見る
もちろん、合格していた
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