第167話 ありがとう
Tさん(45)は家路を急いでいた
時刻は午後8時
家の近所の公園に差し掛かったところで
横断歩道脇、右手の公園入口あたりに白い犬がいるのに気付いた
えっ、ミルキー?
ミルキーとは半年前に亡くなったTさん宅の愛犬だ
似てる・・・
似過ぎてる・・・
Tさんは走らせていた車を道路脇に止める
他に車はない
赤信号だが、横断歩道を渡る
白い犬は公園入口でおすわりをしたままだ
「ミルキー?ミルキーか?」
Tさんが声を掛けながら近付いていくと、おすわりをしていた犬が立ち上がり尻尾を振り始めた
「えっ?ほんとにミルキーなのか??」
小走りに横断歩道を渡り切ると、目の前にいるのはやはりミルキーだ
似たような犬、ではない
なぜ?どういうこと?
疑念はあったが、今は嬉しさが勝っている
「ミルキー・・・」Tさんが頭を撫でようと手を伸ばすと
白い犬は向きをかえ、トッ、トッ、トッ・・・と公園に入っていく
「ミルキー?」Tさんは後を付いていく
後を付けながらTさんは思い出した
これ、散歩コースだ・・・
ミルキーはたまに後ろを振り返りTさんを見上げる
そう、この先に芝生の広場があるんだよな・・・
ミルキーはまさにその円形の芝生の一画に歩いていく
そしてその芝生の円に着くと、お決まりの位置でペタッと伏せた
「ミルキー。そこ、俺も座っていい?」
ミルキーの真横に腰を下ろしたTさんは、左手のミルキーを撫でる
幽霊じゃない・・・
本当にお前なんだな・・・
するとミルキーは、頭をTさんの太ももに乗せてきた
「本当にミルキーなんだな・・・でもどうして?どうして戻ってきてくれた?俺に何か、言いたい・・・」
ハッとした
Tさんは、自分の足を枕のようにして寝そべるミルキーの頭を撫でながら、思い出した
俺には一度だってこんなことしなかった
いや、仲が悪かったのではない
子供のいないTさん夫婦は、ミルキーをとても可愛がっていた
だけどミルキーがこの芝生で枕にしていたのは、いつも妻の足だった
女同士、気が合ったのだろうか
「そうか、そういうことか。分かったよ」
Tさんはミルキーの頭を優しく撫でながら言った
その瞬間、ミルキーは消えた
撫でていた手が宙に浮く
Tさんは静かに立ち上がる
つい先ほどまで、自分の気が変わらないうちに・・・と鬼の形相で車を走らせていた
「止めてくれて、ありがとう」
妻を殺すつもりだった
自分も死ぬつもりだった
発覚した妻の浮気を許せなかった
冷静になったTさんは、後に妻と離婚が成立した
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