第163話 脱線

Yさん(26)は翌日、重要な同業間の担当者会議があり


ホスト会社として司会進行を務めなければならならなかった


会場の準備や資料セットは済ませたし、とっとと早く帰ればよかったのだが


緊張からか、つい同僚と飲みに出てしまった


部屋に帰ってきたのは23時半、けっこう酔っていたのでシャワーも浴びず、そのまま布団に倒れ込んだ


携帯の目覚ましを朝6時にセットすると、そのまま眠りに落ちる


翌朝、鳴り続けるアラームに何とか目を覚ましたYさんだったが、どうにも目が開かない


だがそんな事も言ってられない

今日は何が何でも出社しなければならない・・・


シャワーを5分で済ませるとしてあと10分・・・6時15分までは寝転んでいよう・・・


とか何とかいって寝てしまう恐れがあるから、スマホ見ながら目は開けていよう・・・


アパートの前を走る廃品回収車の「声」で目を覚ましたYさんは、窓の外がすっかり明るくなっていることに気付いてドキリとする


手に持ったままの携帯を見ると午前10時半・・・恐ろしい数の着信が入っている


やってしまった!!


飛び起きたYさんは取り急ぎ3分でシャワーを終える


スーツに着替えながら言い訳を考えるが、何も思い浮かばない


このまま行くか

電話掛けてから行くか


最速で着いたとしても今から1時間後・・・


どのみち会議は9時から始まっているから間に合わない


このまま行こう


家を出て最寄りの駅に着き、来た電車に乗ったが頭は真っ白


結局、何の言い訳も思いつかぬまま会場の最寄り駅に着いた


小走りで目的のビルに向かう


ビルに入り、1階ロビーに掲げられている本日の催し案内板を見ると


会議がない・・・


この日は他に3件ほど開催されているようだが、目的の会議案内が出ていない


Yさんは昨日準備に来た5階までエレベーターに乗る


5階に着き、エレベーターが開くとフロアは薄暗い


一旦降りて会場まで進む


会場の扉を開けようとすると施錠されている


まさか・・・

俺が来なかったから会場が急遽変更になったとか??


慌ててエレベーターで1階に下りる


守衛室の窓を開け、確認する


「あの、今日5階で30人くらいの会議、入ってませんでしたか?」


「5階ですか?今日は・・・特に入ってませんけど」


「初めからですか?取りやめになったとか?」


「いえ、最初からありませんね」


「えっわたし、昨日準備で来させてもらって、入退室のノートにも記入したんですけど」


「昨日ですか?何時ごろ?御社名は?」


警備員が記録ノートを数ページ遡ってみたが、Yさんの記録は残っていないようだ


訳がわからない・・・


意を決して会社に電話を入れる


「はい、◯◯でございます」事務の若い女性が出る


「あっ・・・すみませんYです」


「あ、Yさんお疲れ様です・・・あれ?今日お休みですよね?」


「えっ?」


「ホワイトボード、お休みになってますけど」


「いやいや・・・あの、今日の会議なんだけど何処でやってるのかな?」


「会議?なんの会議ですか?」


「いや、だから、合同担当者会議」


「えっ?今日?・・・やってないと思いますけど」


「いやいや昨日ホッチキスどめ手伝ってもらったでしょ」


「昨日ですか?昨日・・・」


「あのぉ〜それって、俺へのペナルティーみたいな事が発動中なのかな?」


「担当者会議ってあれですか?◯◯ビルの会議室であった・・・」


「そうそれ!いま何処てやってるの??」


「それ先週水曜に終わりましたよね?」


「はぁ?いやいや今日19日だよ?19日水曜だよね?」


「今日は19日ですけど、あの会議は12日の水曜日でしたよね笑」


「はぁぁ?」


「あのぉ〜、お昼買いに行きたいのでD部長にでも代わりましょうか?」


「あっいや、ごめんなさい、一旦切ります」


・・・どういうこと?


Yさんは昨晩一緒に飲んでいた同僚のSさんに電話する


「はい」


「あっ俺、Y。昼休み中にごめん、昨日の事なんだけど」


「あ〜うまく言っといたから大丈夫だよ。風邪が酷そうだって」


「え?」


「ん?飲み過ぎダウンだろ?目が覚めたの?笑」


「いや、今日の会議が」


「会議?会議とは?」


「合同担当者会議、誰か代わりにやってくれてるんだろうか?」


「は?それ先週終わったやつよな?まだ酔ってる?笑」


どうやらYさんは同僚のSさんと飲み、帰り際に明日休むと会社に連絡入れておいて欲しい、と頼んだらしい


そして会議は1週前に終わっているという


いくら飲み過ぎたとはいえ、そんな漫画みたいに都合よく窮地を脱する訳がない


もしや俺はまだ寝ていて、これは夢の中なのか?


・・・いや、どう考えても今、ここは現実世界だ


俺は今日、仮病でサボったことになっているが・・・


会社に行くか?

家に帰るか?


改めて携帯の着信履歴を見る


会社から、Sから、上司から・・・朝8時半から9時半までの間に30件ほどの着信がある


あっ、よく見ると留守電も6件入っている


『おまえ今何処にいる?!』

『まだ寝てるのか!!』

『連絡してこい!!』


やはり皆、会議場に現れない俺を探していたようだ


だとしたら皆が口裏を合わせ演技しているのか?


これは・・・

会社に行かねば拙いことになる


20分後、会社の入るビルに着いたYさんは、エレベーターで4階に上がる


どれだけ怒られるだろうかと覚悟して事務所の扉を開けると


「あれ?なんで来たの?」

「体調大丈夫ですかぁ?」

「風邪、移すなよ?笑」


・・・何も起こらなかった


そしてここからはD部長(55)目線の話に変わる


事務所に入ってきたYさんが、壁に掛かっているカレンダーを喰い入るように見ている


別の卓上カレンダーを掴むと、首を傾げて睨んでいる


Yさん「これ、なんて読むの?」


事務の女性「えっ?これですか?・・・『れいわ』笑」


それを聞くとYさんはハッ?!としたあと気の抜けた表情になり、踵を返すとふら〜っと事務所を出て行った


異変を感じたD部長がYさんを追いかけると


共用廊下の窓を開け、そこから外に出ようとするYさんを発見、慌てて引き留める


「ここじゃない・・・ここじゃないです・・・」Yさんは泣いていた


上記のYさんが事務所にやってくるまでの経緯は、当初担当した医師がヒアリングし、会社にも伝えられた部分だ


だがその後、警察ではない、また別の機関が介入してきたとの噂が流れてきた


Yさんは退職。

今も何処かで入院加療中らしい。


彼の所持していた携帯・彼の住んでいた部屋などについては現在、厳重な監視下に置かれているという


何だかよく分からない話だが、実在する会社・実在"した"社員であるのは間違いない。

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