第159話 本心

この夏、静かな山のコテージでも借りてキャンプをしてみたいと考えたA子さんが友人のB子さんに話を持ち掛け 


B子さんは、A子さんとも面識のあるC美さんを誘い、それぞれが彼氏と共に参加する事となった


車はA子さんの彼氏がマイカーのワンボックスを出してくれるという


当日、待ち合わせのJRの駅で合流したメンバーは、車に乗り込むと早速自己紹介する


互いを良く知るのはA子とB子、B子とC美くらいだ


コテージまでは1時間半


自己紹介はしたが輪になって話しているわけでもないので、なかなか互いに打ち解けるまでにはいかない


缶ビールなども回したが、皆、運転手のA子さんの彼氏に気兼ねしてアルコールが進まない


出発して1時間が経ったころ、道の駅を見つけたのでトイレ休憩する事になった


本来ならA子さんは盛り上げ役に徹すべきだったが、修学旅行前日の小学生のように眠れず睡眠不足のまま当日を迎え、道中ほぼ眠っていた


後部座席では、たまにカップル同士が小声で話すだけで全く盛り上がっていなかった


トイレ休憩もせいぜい5分程度だ、やることもないので皆、すぐに戻ってくる


全員が乗り込み、車のドアが閉まる


再び車が発進する


A子さんが、到着までもう少し寝よう、と目を瞑った時


「あ〜だるい!マジだるい!家でゆっくり寝ていたかったのに!なんでこんなところまで!!」


後部座席から男性の怒鳴り声が聞こえてきた


彼氏の声ではないから、残る2人のどちらかだ


突然の怒声に誰も声が出ない

完全に車内の空気が凍りついている


すると


「ふんふ〜んふふんふ〜んぱっぱぱっぱぱあーっ」


女性の声で鼻歌が聞こえてきた


えっ?

これは・・・あまり聞きなれない声だから、C美さん?


「ぱっぱぱっ、ふーんふふぅ〜ん」


こんな空気でよく歌える・・・A子さんがドキドキしていると


「部長すみません。部長申し訳ございません。部長・・・くっそハゲ!ふざけんな高橋このハゲ!くそハゲ!死ね!くそ高橋!」


別の手前の男性が叫びだした


なに皆んな、突然?

どうしちゃったの??


車内、カオスじゃん・・・


A子さんは怖くて起きられない

そのうち、誰だか分からない複数の独り言も混じってきた


その時


「あーくっそチンタラ走んなコラ!のんびり話すんな!どけコラ!ぶつけたろうかコラ!!」


運転席の彼氏が怒鳴りはじめた


「えっ?」A子さんはびっくりして目を開け、彼に振り向く


彼もA子さんの視線に気付いたようだ、チラッと振り向く


"なに?"と口を動かしてくる


と同時にあれだけ思い思いに騒がしかった後部座席が一気に静かになったので、彼にだけ見えるよう後部座席を指差す


彼はA子さんのジェスチャーの意図を汲みかねながらもルームミラーを確認すると


“ねてる”と口を動かす


A子さんは体を起こし、右側の景色を見るフリをして後部座席を振り返ってみた


中列・後列ともに全員、静かに目を閉じている


えっ?

さっきまであんなに騒がしかったのに・・・??


私が寝ぼけた?

いやいやそんなわけがない・・・


それから20分ほど走って目的のコテージに到着したが、A子さんは、皆が嫌々参加したのではないかと落ち込んでいた


あれは確かに聞こえた

あれはみんなの心の声だった気がする


そう思うと楽しくなくなってきた


それでも夜になり、コテージ前の広場でバーベキューを始めると、アルコールも入って皆、盛り上がってきた


良かった・・・


そこでふとA子さんは、あの道中のことを確認してみたくなった


鼻歌を歌っていたのは・・・あまり聞き慣れない声だったからC美さんだろう


「あの、C美さんって◯◯◯の××って歌とか、好きじゃありません?」


「えーっ!なんで??どうしてわかるの?!私その曲大好きなの!!えっ、なんでわかったの? B子に聞いたの?」


A子さんは、なるほどやはりそうかと思った


次は、聞こえてきた声の距離からしてあれはB子の彼氏だろうと推察した


「私の会社なかなかキツくて・・・休みも取れないし結構ブラックで・・・お仕事、どうですか?」


B子の彼が「お手上げ」の格好をして話に乗ってきた


「いやいやウチもひどいもんです、どうしようもないパワハラ上司がいてね。そいつほんっっとに殺してやろうかと思う!!」


「ちょっとガラ悪いこと言わないでよー」B子がたしなめる


A子「えっ、ウチにもいるんですパワハラ上司。“高橋”部長っていうんですけど」


B子の彼「えーっ!待って待って俺んとこのパワハラくそ野郎も高橋だよ?!マジで?!こんな奇遇ある?高橋って苗字、そんなやつばかりか?」


「その人ハゲてます?」


「ハゲ散らかしてるよぉ!!」


A子さんはもう不思議ではなくなった


そして最後、隣で談笑している自分の彼氏に声を掛ける


「あのさぁ、行きの休憩の後。運転してる時になんだかイライラしてなかった?」


「えっ?そうかなぁ・・・あ〜前の車がちょっとゆっくりで。まあそんな気にもしてなかったけど。どうして?」


「ううん、なんでもない笑」


A子さんの彼氏はとにかく温厚で人当たりが良く、怒ったところなんて見たことがない


彼氏贔屓ではないが、聖人君主かと思うくらいだ


「あーくっそチンタラ走んなコラ!のんびり話すんな!どけコラ!ぶつけたろうかコラ!!」


あの時聞いた声は確かに彼の声だった

驚いて彼を見て、そのあと前を走る車を見た


前を走る軽自動車には、にこやかに会話するお父さん・お母さん・小学生位の女の子と男の子が乗っていた


彼はあの幸せそうな家族に、心の中であんな暴言を吐いたのだろうか


だとしたら私が彼に抱いていたイメージは180度変わってしまう

いや、今までは嫌なところを見ようとしていなかったのかもしれない



・・・今回のバカンス、表向きは楽しく終了した


けどそれ以降、A子さんは彼のことを一歩引いて見るようになった


そういう目線で観察していると、今まで見えていなかった彼の凶暴性が色々と顕在化してきた


2ヶ月後、A子さんは彼氏と別れた


ただ、もう2度と心の声は聞こえないでほしい


心が読めないからこそ世の中のバランスは微妙に保たれているのだろうから


プロローグ

https://kakuyomu.jp/works/16816927860625905616/episodes/16818093083435133284

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