第158話 影響

昨年のお盆休みに実家に帰った美貴さん(48)


・・・あれは母親(83)の冗談だったのか何だったのか、よく分からないやりとりがあったという


「怖いとかそんな話じゃないんだけどさ。何だったんだろうって」


ちなみに現在の母親は“正常に機能”しているそうだ笑


昨年の盆、和歌山に上陸した台風7号の影響で夜遅くに実家に戻ってきた美貴さんは、翌朝8時に起きると台所に向かった


食事の支度をしながら背中を向けている母親に声を掛ける


「おはようー。お父さんは?」


「おはよう。死んだよ」


「は?なに言ってんのお父さんはどこ?笑」


「死んだよ」


「ちょっとふざけないでよお父さんどこよ?」


「庭でトマトいじってるんじゃない?」


"なに言ってんのこの人・・・"


朝から笑えないボケに少々腹を立てながら、美貴さんは裏庭の見える応接間に向かう


窓から庭を眺めると、確かに父親が家庭菜園のトマト区画で作業をしている


・・・普通に元気じゃん笑


窓をコンコン、と叩いて父親に手を振ったあと、再び台所に戻った美貴さんは母親に小言を言う


「お母さん?冗談でもさっきのは駄目よ死んだなんて、縁起の悪い」


無言のまま調理を続ける母


「ちょっとお母さん聞いてる?冗談でも死んだなんて言うのは」


「昭和52年6月3日20時17分27秒」


「は?」


「昭和52年6月3日20時17分27秒、お亡くなりになりました」


「なにが?誰が?なに言ってんの?大丈夫お母さん??」


「アボカドは縦中央に包丁を入れて種に沿いながらぐるりと一周切り込みを入れて半分に切ります」


「・・・お母さん??」


こちらに振り向くことなく意味不明なことばかり口走る母親が怖くなってきた美貴さんは


靴を履き、玄関を出て裏庭に回る


「ちょっとお父さん?ねえ、お母さん大丈夫?!」


「ん?何が?」


「お母さん最近、大丈夫?!」


「なんで?普通だけど」


「いま台所でおかしな事ばかり言ってるんだけど」


「どんな?」


「昭和50年がどうとかアボガドがどうとか」


「ふーん・・・なんだろうな?そういえば美貴に作ってやるって張り切ってたけどなぁ、美貴の好きなチキンなんたら」


・・・仕込みの気が散るから適当にあしらわれた?とか?


再び屋内に戻った美貴さんはそっと台所を覗く


‎「אם אין אני לי מי לי? אני חייב לפעול בעצמי. 」


訳のわからないことを呟きながら調理している母親


「お母さん?話しかけていい?」


「はい?」


「さっきの日付は、なに?」


「日付?」


「昭和がどうとか・・・」


「あ〜、お父さんの亡くなった日」


「お父さん生きてるってば!」


「あなたのお父さんはね」


「はぁ?じゃあ誰の・・・あっ、お爺ちゃんってこと?」


「そうよ」


「どうしてお爺・・・」言いかけて美貴さんはやめた


リビングに移る


それから10分ほどして母親が朝食のパンとコーヒーを持ってきてくれた


先ほど言いかけた続きを聞いてみる


「ねえ、どうしてそんな細かくお爺ちゃんが亡くなった時間、覚えてるの?」


「えっ?」


「さっき台所で言ってた・・・」


「何も言ってないけど」


「言ってたよぉ〜お爺ちゃんの亡くなった時間、何分何秒まで」


「そんな50年も前のこと覚えてるわけないでしょ、ほら食べて美貴さん」


「美貴さん?気持ち悪っ!なんでさん付け?笑」


なにこの噛み合わなさ。

お母さん、バグってる?


昼になり、母親が朝から作っていた「ちらし寿司」がテーブルに置かれる


父親「あれ?"チキンなんたら"は?」


"いやいやそれ以前に私がちらし寿司を嫌いな事、知ってるよね・・・"


まあそんな感じで母親と噛み合わなかったのは数時間だけだったみたいだが


ボケたのかと気になっていた母親は、夕方には元に戻っていた


狂っていた電波時計が自動補正したかのように。


奇しくも今年、昨年と同じ「台風7号」の影響で予定が変わり、お盆は実家に帰れないが


また日を改めて、1年前に作ってもらえなかったチキンブリトーを食べに帰る予定だという


美貴さん「・・・って話で終われば、ただ母と話が噛み合わなかっただけの話じゃん?」


俺「えっ、まだ何かあるの?」


「あの日ね、父も母のことが変だな〜って感じたらしいの。私の好きなブリトー作るって言いながら私の嫌いなちらし寿司作ったから。でね、思い返してみたんだって。そうしたらさ、私が実家に戻る日(8月14日)の早朝、母だけ自治会の人たちと一緒に、近くの山まで星を見に行ってたんだって」


「星?」


「ペルセウス座流星群。でさ、私が帰ったあと自治会長さんが、『奥さん大丈夫ですか?』って訪ねてきたんだって」


「えっ?」


「私の母のほかに3人、高齢のお爺さんお婆さんが参加してたらしいんだけど、うち2人、夜空を見上げ過ぎたのか分かんないけど、軽く記憶障害みたいな症状が出ちゃって、ちょっと騒ぎになったんだって」


「ええっ??」


「だから私の母も、流星見たからじゃないのかなーって笑」

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