第152話 異界

2年ぶりに戻ってきた実家のある港町


駅からバスに乗れば良かったが、Bさんは久しぶりの景色を眺めたかった


時刻は16時。

暑さのピークも落ち着き、浜風が吹いて涼しい


実家へは海岸沿いの県道を歩き、途中から左手の山道に入る


少し急な、山肌を削った階段を20段ほど登ると、細くなだらかな山道に出る


10分ほど歩くと、海を見渡せる広場がある


その広場の手前に5体ほど、お地蔵様が並んでいたはずだ・・・あ、あったあった


昔から変わらない不揃いの・・・ん?


お地蔵様の顔・・・こんな怒り顔だったろうか


いや怒っているのか苦しんでいるのか


眉・目・口・・・ただ削られた、一本線で表されているだけのお地蔵様の顔だが


明らかに違和感がある・・・

5体とも、全く柔和ではないのだ


こんな険しい顔のお地蔵様なんて、いるのだろうか?


Bさんは怖くなり、足早にお地蔵様の横を通り過ぎる


しばらく進むと広場が見えてきた


海に向いて、白い服を着た短髪のお婆さんが立っている


体の脇にキャリーケースを置き、海に向かって何やら拝んでおられる


それが普通の拝み方ではなく、まるで雨乞いの儀式の様に"大袈裟"だ


天高く合わせた両手を突き出し、それをゆっくり下げながら海に向かって深く御辞儀をすると、次は狂ったように頭を振って拝み倒し、合間合間に手で空を切るような仕草を繰り返す


先ほどのお地蔵様といい、不気味だ・・・


このまま近付いてお婆さんの祈りを妨げるのも何だか良くなさそうだ


Bさんはお婆さんに気付かれないよう身を潜め、しばらく山道に立ち尽くす


山道を通る者は誰もいない

というか鳥の鳴き声すらしない


5分と待たずに、お婆さんの祈祷は終わったようだ


お婆さんはキャリーケースを引きながら


Bさん側ではなく、Bさんの進行方向側に坂を下って行った


ようやく進める・・・


先ほどまでお婆さんが拝んでいた広場に立ち、海を眺める


この穏やかな海に何を願っていたのだろうか

あるいはこの海で亡くなった方々への鎮魂だろうか


Bさんはお婆さんに追いついてしまわぬよう、ゆっくりと山道を下っていく


しばらく行くとまた山肌を削った階段があり、10段ほど降りると裏山の道路に出た


そこからBさんの実家には数分で着いた


母「えーっ、歩いてきたの?暑かったでしょう?」


B「いや風も涼しかったし。久しぶりに通ったけど、何も変わってないね」


母「通ったって、山道閉じてるから回り道で1時間くらい掛かったんじゃない?」


B「ん?通ったけど?山。」


そこに父親がやってくる


母「ちょっとお父さん、この子山越えて来たんだって。いま通れるの?」


父「いやぁ?山崩れしてからずーっと通れないぞ?」


B「いやいやいや現実通って来たんだから。お婆さんも歩いてたし」


父・母「お婆さん?誰?」


Bさんは両親に、キャリーケースを引いたお婆さんが変な祈りを捧げていたことも併せて話した


母「誰それ・・・怖っ」


父「本当に通れるのか?ちょっと見に行ってみるか?」


時刻は16時40分


Bさんと両親は、先ほどBさんが道路に出てきた山道を見に行ってみた


母「・・・どこ?」


B「あれ?土の階段みたいなのがあったはずなんだけど」


父「昔はあったよ。だけど一年半ほど前に大雨で海側が土砂崩れ起こして、人が入ると危ないからこっち側の道も無くしたはずだぞ」


B「えっ?だって歩いてきたんだって。お地蔵様もあったし」


父「お地蔵・・・あの見守り地蔵さんか?あれは土砂崩れの時に奇跡的に1体だけ見つかって、いま寺にいてらっしゃるよ?」


Bさんは何が何だか訳がわからなくなってきた


翌朝、Bさんは寺に行ってみた


「これか・・・」


寺の門をくぐってすぐ右手に真新しい祠があり、その中に1体のお地蔵様がおられる


実家から持ってきた和菓子を御供えし、手を合わせる


このお地蔵様は穏やかな顔だ


昨日自分が見た、あの5体のお地蔵様は何だったのだろうか


Bさんが庫裡(くり・住職家族の住まい)に向かいかけると


「おはよう御座います」


本殿の角から竹箒を持った御住職が現れた

まだお若そうだ、40代だろうか


「お早うございます。B家の息子の、◯◯と申します」


Bさんは早速、昨日の山道の話をしてみた


「私、幻覚でも見たのでしょうか?笑」


しばらく考えていた住職が口を開く


「とても奇妙なご経験をされたのですね・・・地蔵は慈悲をあらわし、閻魔は憤怒をあらわすと言います。正反対のように見えますが、共に阿弥陀仏の分身なのです。あなたが見たお地蔵様・・・実は閻魔だったのではないでしょうか。あと、そのお婆様ですが、相当な修業を積まれた女性の山伏かと思われます。非科学的な話ばかりしますが、あなたはその方の張った『結界』に、偶然、足を踏み入れたのかも知れません」

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