第143話 最期の光
昨晩から気分がすぐれない、頭が痛いと言う妻(57)を翌朝、病院に連れて行き
細菌からくる風邪でしょうと診断され、マンションに帰ってきたEさん(58)
地下駐車場に車を止め、助手席で寝ていた妻に声を掛ける
「帰ってきたよ。起きられる?」
「うん」
のそっと起きた妻が車を降りる
エレベーターホールに向かいながら「大丈夫?歩ける?」と振り返る
「うん」俯いたままノロノロ付いてくる妻
仕事は休みを取ったし、今日は1日ゆっくり寝ていてもらおう
そう考えてEさんはふと頭を傾げた
・・・ん?
朝、妻は白いポロシャツを着て行ったはずだが、いま黄色じゃなかったか?
再度振り返ると奥さんがいない
「あれ?聡美?」
薄暗い駐車場を見渡すが人影はない
「聡美?どこ?気分悪くなったのか?」
車の方に戻りながらキョロキョロしていると
5mほど先の車の助手席で寝ている妻が見えた
えっ?
そんな一瞬で戻っ・・・たのか??
車に近付くと、白いポロシャツの妻は首を左に傾け、口を開けて熟睡している
キーを解除し、助手席を静かにあける
「聡美?・・・大丈夫か聡美?」
返事がない
「聡美??」
肩を揺すると、ほのかに体温の残る妻の体がグニャッと傾く
「おい聡美?!聡美!!」
慌てて救急車を呼んだが、妻はもう息をしていなかった
改めて『侵襲性髄膜炎菌感染症』と診断され、Eさん自身も検査を受けた
幸いEさんは感染していなかったが、そんな事はどうでもよかった
妻はずっと隣にいると信じて疑わなかった
息子も家庭を持って独り立ちし、妻と2人、のんびり過ごそうと思っていた矢先のことだ
「別れは本当に唐突だったんだよ」
現在68歳のEさんは寂しそうに言う
「地下駐車場で白いポロシャツの妻が黄色く見えたって言ったでしょう?あれね、後々落ち着いて思い返すと彼女の体、光ってたの。バイオフォトンって言うんだって。体が病気やストレスに抗っているとき、人って少なからず発光するらしいんだよ。本当は、病院からの帰りに彼女はもう亡くなっていたんだろうけど、最期の最期、僕に蛍の光を見せてくれようとしたのかな、なんて思うんだよ」
そんな物悲しいストーリーにでも昇華させなければ、Eさんの精神は耐えられなかったのだろう
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