第137話 留守番電話

15時35分。


自席で資料作成していたGさん(43)の、充電中の携帯電話がブーッ、ブーッと振動する


画面には"真田さん"と表示されている


真田?・・・あ、真田先輩?!


それは18年前に亡くなった営業主任(当時30)だ


とうの昔に「この番号は現在使われておりません」となっていた真田先輩の番号を残していたのは、感傷からではない


整理しそびれていただけの話だ


この番号の新しい持ち主が、たまたま偶然、掛けてきたのか?


そんな偶然もなかなかの話だが・・・


そんなことを考えながらGさんが携帯を眺めていると、振動が止み「留守電1件」と表示が付いた


留守電?誰が何の用で・・・あっ、今流行りのあれか?


あなたの水道光熱費がお安くなる可能性があります・・・とかいう音声ガイダンスのやつか?


迷惑電話の類ならランダムに掛かってきてもおかしくない


多分そんな事だろうとGさんは、おもむろに充電コードから携帯を外し、留守番電話を確認する


【真田さん31秒】となっている留守番電話の行をタップし、耳に当てる


『・・・あ、真田ですがー。お疲れー。忙しいかー?俺いま日栄さんのところ向かってるんだけど急用が入ってなぁー。お前もし空いてたらと思っ・・・ザザーッ、ザザザザーッ、ザザーッ・・・プーッ、プーッ、プーッ』


Gさんは思わず携帯を投げ捨てるようにデスクに置く


真田先輩の声だ・・・

なんで?!どうして??


Gさんは今しがた投げ置いた携帯を再び持ち、着信履歴からリダイヤルボタンを押す


『留守番電話サービスに接続します。ピーっという発信音の後に・・・』


「真田さん?!真田さん?!今どこです??何があったんです??真田さん??あの、電話待ってるので!!掛けてきてください!!お願いします!!」


ここまでほぼ無意識の行動だ


留守電を入れたあとも険しい顔でジーッと携帯を見つめるGさん


そのGさんを、正面に座る課長と右隣の同期の山本さんが不思議そうに見ている


「Gくん何かあったのか?」

「お前いま真田さんって言ってた?」


2人の問いかけを手で制しながら、Gさんは再びリダイヤルを押す


『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません』


えっ?


Gさんは電話を切り、再び掛け直す


『お掛けになった電話番号は、現在・・・』


何故?

何がどうなってる??


Gさんは正面の課長に向き直る


「あの、真田さんが亡くなった日、真田さんは日栄興産に向かう途中でしたよね?」


突然意味不明な問いかけをされた課長


「なんだよお前、急に、気味悪いなぁ・・・真田・・・そうそう、日栄に訪問予定だったはず。それが何だよ?」


Gさんはスクっと立ち上がると、課長と隣の山本さんに手招きし、会議室へと移動する


「課長、山本、信じられないと思うけど」


Gさんはまず自分の携帯の着信履歴を見せると、次に留守番電話をスピーカーにして2人に聞かせる


『・・・あ、真田ですがー。お疲れー。忙しいかー?俺いま日栄さんのところ向かってるんだけど急用・・・ザーッ、ザザーッ、ザーッ・・・』


「うわっ真田じゃないか?!」

「えっこれ何?どういう事??」


「さっきより短くなってる・・・!!」Gさんは焦りながら手短に2人に説明する


「ちょっと、ちょっと待ってくれ。頭が混乱してる・・・」そう言いながら課長は会議室を出て行った


「おれ、棺の真田さん見たし・・・お前も見たよな・・・」


山本さんのその言葉で、ようやくGさんは体が震えてきた


そこに課長が、部長を連れて会議室に戻ってきた


「G!さっきの!部長に聞かせて!!」


「なんだなんだぁ?どうしたんだお前らよぉ〜」


怪訝そうな顔の部長に、Gさんは説明無しに留守番電話を聞かせた


『・・・あ、真田ですがー。お疲れー。忙しいかー?俺いま日栄さんの・・・ザッ、ザッ、ザザーッ、ザッ・・・』


「また短くなった?!」


「ちょっ、待て待て、これ真田くん・・・だよな?何これ??」


キョトンとしている部長に、今度は3人がかりで状況を説明する


「お前らそんな、そんな事があるかよ馬鹿野郎・・・」


18年前。


その日、16時を回った頃、客先の日栄興産の担当者から『本日そちらの真田主任と打合せの予定だったが、時間になっても来ないし電話にも出ない。何かあったのか』と問い合わせの電話が掛かってきた


社有車のライトバンで出掛けた真田主任の足取りについて、その日は全く掴めなかったが


翌朝、客先方面とは真逆の高架下の川縁に停められた社有車が見つかり


運転席で息絶えた真田主任が発見された


ところが、詳しく検死が行われた結果、外傷もなく疾患もみあたらず、自然死と判断された


自然死とは主に老衰による死をいうが


仕事においてもプライベートにおいても悩みとは無縁のような30ジャストの男性が自然死というのは、逆に不自然であった


だが、怪しいところは無かったのだ


「ある1点、不可解なことを除いてはな」


当時、現場検証や事情聴取に駆り出された部長が話を続ける


真田さんが亡くなった日の15時41分。


真田さんの携帯電話に、1件の留守番電話が入っていたという


部長は事情聴取中、この声に心当たりはないかと録音を聞かされたそうだ


「発信履歴も着信履歴もなく、ただ不明な人物から留守電だけが入っていたんだ。声は40代くらいの男で、焦った感じで真田くんの安否を気遣ってた。電話掛けてきてください!とか言ってたよ」


Gさんは血の気が引いた。

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