第135話 敵意

Oさん(25)は友人と共に伏見稲荷大社を巡拝していた


霊験あらたかな山道を歩いていると、身も心も浄化されるようだ


熊鷹社から右に逸れた山道の奥にある高倉大神の拝所で、老人が参拝している


よく見るとみすぼらしい格好の老人だ、浮浪者に見えなくもない


老人の右腕には重そうなスーパーのレジ袋が下げられている


その老人を、一定距離を置いておびただしい数のカラスが囲んでいる


袋の中身でも狙っているのか、5〜60羽はいるのではないだろうか?


囲むカラスの数があまりにも多く異様なため、Oさんと友人は木の裏に身を隠して観察することにした


カラスは拝所の周囲の木や柵、至るところに止まっていて


それぞれが身を乗り出し、老人を突つくような仕草で威嚇しながらカァー!カァー!と鳴き叫んでいる


・・・ようには見えるのだが、何故か全く鳴き声がしない


声が出せないのだろうか?

老人への激しい"敵意"は感じる


そんなカラスの群れを気にするでもなく、老人はぶつぶつと何かを唱えている


Oさんは耳に集中した


「とおかみえみため。あちまりかむあちまりかむあちまりかむ」


その後も5分ほど、そんなことを呟いていた老人だったが


"儀式"が済んだのか、踵を返して拝所を離れる


Oさんたちは慌てて更に低く身を隠す


老人は山道を下っていく


目で追うOさんはふと気づいた


老人が腕に下げていた重そうなビニール袋が、いつの間にか風にひらひらと揺れている


何かを取り出した形跡はなかったはずだが、今はカラのようだ


老人の姿が見えなくなった後、ようやく呪縛から解き放たれたかのように


カァーー!!カァーーー!!!


カラスの群れが一斉に、老人の去った方角へと飛び立った


Oさんたちは、先ほどまで老人が立っていた場所に移動する


「おい、これ・・・見てみろよ」友人が拝所周辺の地面を指差す


「うわっ何だよこれ?!」Oさんは思わず声を上げた


拝所を中心とする半径約3mの位置に、おびただしい数のカラスの羽によって円陣が描かれていた

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