第134話 君は誰?

Dさん(56才・男性)は、怖いというより不思議な体験だったと話してくれた


まだ、あれが何なのか、分からないという


その日、Dさんは娘さんの代わりに動物病院に来ていた


最近インコのパインちゃんの"毛引き"が酷いのだ


何が引き金という、明確な要因も無いらしいのだが


強いて言うなら少々、娘が可愛がり過ぎているかも知れない


だが愛情を注ぐのは悪いことではない


院内は混んでいたが予約しているとのことで、昼前に着いて30分もしないうちに問診室1から呼ばれた


「パインちゃんパインちゃん、どうぞ〜」


数分間、女先生との問診が行われた


「パインちゃん、見た感じちょっと太り気味かな?少し胸に脂肪のしこりがありそうですね・・・では触診してからウンチの検査と"そのう"検査しますね。準備しますから少しお待ちください」


そう言われてDさんがパインと一緒に待っていると、奥の診察室のドアが開き、受付の女性が入ってきた


「申し訳ありません、いま急患が入りまして、パインちゃんはお預かりしますので、待合室でお待ちいただけますか?」


Dさんが問診室1を出ると、ハンカチで顔を押さえたおばさんと、その娘さんらしき女性が入れ替わりで入っていく


ちなみに問診室は2つあり、それぞれが奥の診察室に続いている


その急患の子は隣奥の問診室2から入ったのか、あるいは裏口があるのだろうか、姿を見ていない


待合室に出て、空いていたトイレ横の丸椅子に座った瞬間


「だめぇ〜〜っ?!◯◯ちゃん起きて!起きてよ!起きなさい!起きなさいよぉーーー!!!」


おばさんの叫び声が響いてきた


「だめ!だめ!だめぇ〜っ!!お母さん置いていかないでよぉ〜〜っ!!」


ああ、もうそんな状態だったのか・・・


待合室で順番を待つ女性3人と、Dさんは察した


「だめぇ〜〜っ!起きて!起きてよぉ〜〜〜っ!!あああ〜〜〜っ!!!」


悲痛な叫びが待合室にも響く

こちらまで心が痛い・・・


可哀想に、もう奥の子はダメだったのだろう・・・おばさんの慟哭が聞こえる


ペットとの別れは避けて通れないが、だからこそ、その短く尊い命を、飼い主は責任持って最大の愛情を注いで見守ってやらねば。


そんなことを考えながらDさんが腕組みして俯いていると


長椅子に座る女性3人が


「えっ?」

「あっ・・・」


声を上げたのでそちらを見る


えっ?

だれ??


Dさんも驚いた


ひた、ひた、ひた。

ひた。ひた。


奥の問診室2から、黒いトイプーが歩いてくる


えっ?

えっ?

誰の犬??


首に赤いリボンをつけたそのトイプーは、不思議そうな顔をしながら


歩いては立ち止まり、歩いては立ち止まり、待合室の壁や女性を見ている


あっ!・・・まさか?!


ある考えが浮かぶと同時に、女性3人とDさんの視線が合う


真ん中の女性が驚愕の表情で左手で口を押さえながら、右手で今まさに自分の前を横切るトイプーを小さく指差し、次に正面の待合室1を指差す


Dさんもそうだと思った

微かに女性たちに頷く


ひた、ひた、ひた。

トイプーはこちらに歩いてくる


Dさんは微動だにせず、ただトイプーを眺めている


不思議とそれほど怖さは感じない


トイプーはDさんを見上げ、束の間ジッと見つめていたが


ひた、ひた、ひた。


Dさんの右手のトイレの方に歩き出すと、トイプーはそのまま角を曲がり、奥に消えてしまった


思わずDさんは立ち上がる


"本物の犬"の可能性もある・・・

奥まで覗きに行くべきか・・・


女性3人は血の気の失せた顔で、Dさんとトイレ奥への通路を凝視している


とそこに、奥の診察室にいた受付女性が戻ってきた


「あの!」

思わずDさんは受付女性に声を掛けた


「つかぬことをお伺いしますが、その・・・奥のワンちゃん、黒のトイプーでしょうか?」


「あっ、本当にご迷惑お掛けしてすみません、ネコちゃんなんです」


えっ?


「あの、今ってどなたかのワンちゃん、入ってます?」


「ワンちゃんはいませんが、どうかされましたか?」


「あっ、いえ・・・」


Dさんは女性3人を振り返る

3人は恐怖に慄いた目でDさんを見ている


唯一の男性であるDさんは、思い切ってトイレに向かった


角を曲がる


そこにはトイレの扉があるだけだ


電気を付けて扉を開ける


・・・何もいなかった。

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