第131話 差入れ

20時ジャスト、普段使いのスナックの扉を開けた


40代ママがフロアに突っ立ったまま、何かが入ったレジ袋を提げ、こちらに振り向く


「・・・ああっTさん!いま!いま!どうしよう!どうしよう!!」


血相を変えてオロオロしているので、とりあえず落ち着いて、とカウンターに座らせる


「なに?どうしたの?それなに?」


ママがカウンターに置いた袋を覗くと、ミカンが20個ほど入っている


ママ「ちょっと待って・・・一杯飲ませて」


俺は勝手知ったるカウンター内に入り、冷蔵庫からビールの小瓶を取り出すとママの前にグラスを置き、注ぐ


一気に飲み干されたグラスに再度ビールを注ぐ


「・・・どうしたんな?笑」


俺はカウンター内、ママはカウンター、立ち位置が逆になったまま話を促す


少し落ち着いたママはフーッと息を吐くと、目を閉じたまま口を開く


「あのね、Tさんだから信じてくれると思う・・・それ。」


そう言ってママは、入口に近いカウンターに放置されたままのロックグラスを指差す


「あ、誰か来てたん?」


「藤原さん・・・会長さんが来たの19時半に。いちおう19時半から開けてるじゃん?だから、女の子まだ来てませんけどごめんねーって言ったら、この袋くれたの」


「会長、久しぶりやな。入院してはったんやろ?会いたかったなぁ・・・」


「うん・・・でね、もう飲んでいいの?って聞いたらニコッて笑って頷かれたから、いつもので良いですか?って、それ入れたの」


「・・・全然飲まずに帰ったんか?」


「わたし会長に背中向けてチャーム(おつまみ)作りながら、お体どうですか?先週社長さん(息子)が来てくれて・・・とか話し掛けてたの」


ビール瓶が空いたのでもう一本開けるかとジェスチャーすると、もういいとママが手を振る


「顔色、良さそうだった?」


「わたし・・・会長が全然反応しないから振り向いたのよ。そうしたら!会長いないの!!」


「えっ?帰ったん?」


「おかしいなと思って外に出たんだけど居ないし!トイレは空いてるし!」


「どういうこと?」


「これ見て?Tさんが入ってくる数分前に来たの!」


ママがスマホを俺に渡してきたので受け取り、画面を見る


LINEのやりとりで、相手は藤原社長だ


19時55分となっている


『ママ、こんなタイミングでごめん。親父が亡くなりました。いろいろお気遣い戴いて、本当に有難うございました。また挨拶がてら顔出します』


「えっ?えっ??ごめん意味がわからんけど?!」


「そこに座ってたの絶対・・・これも・・・本当にあるよね?存在してるよね?」


レジ袋に詰められたミカン


「ごめん・・・俺もビールもらう・・・」


のちにミカンは、会長を知る常連客達から欲しい欲しいと争奪戦になり、すぐに無くなった


俺もその日、何の躊躇もなく一つ戴いたが


ただただ甘かった。

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