第127話 いわく付き

中途採用で工場勤務となったSさん(28)


堪え性のない、短気な自分をいい加減どうにかしたい


ヒモのように転がり込んでいた彼女の部屋は、自分のことで彼女が心身を病んでしまい


このままでは突発的な事故が起きるかも知れない、とこっそり逃げるように出てきた


我ながら酷い男だと思う

だからこそ、心機一転生まれ変わって頑張りたい


月40,000円で借りれる部屋を見つけ、住み始めた


働き始めて何度も辞めようと思ったが、何とか1ヶ月保った


1ヶ月我慢したと思ったら、風邪を引いて熱が出た


熱が出て寝込んでいると、夜中誰かが、ずっと手を握ってくれていた気がする


その頃から、寝入っている間に右手を握られたり、ものが触れたりする感覚が増えた


ハッとして目が覚め、手を見るのだが、そこには何もない


だが、こんな感覚が増えたのはあの発熱以来だ、もしかして・・・


色々考えているうち、ある思いに辿り着いた


小学4年生の時に亡くなった、母じゃないだろうか


ダメな息子を危惧して、天から降りてきてくれたのではないだろうか


そう考えると気味悪さも和らいだ


ある日の夕方、コンビニで弁当を買ったついでに、母が好きだったバウムクーヘンを買ってきて折り畳みの簡易ちゃぶ台に置いた


御供えというわけではないが、ただ何となく買った


「母さん、良かったら、これ。」


本来の大きさの1/4カットを包装したものだが、ちゃぶ台に置いたまま就寝した


その夜中、いつもより強くはっきりと手を握られ、びっくりして飛び起きた


しかし何もいない


今のは絶対、誰か居た・・・ゾッとしてちゃぶ台に目が向く


・・・あ。袋から出さないと食べられないか。


ティッシュを敷き、開封して出したバウムクーヘンを乗せる


深い意味はない

そうしないから強く握られたのだと、短に思っただけだった


翌朝。


目覚ましで起きると、ティッシュの上にあったバウムクーヘンがない


微かに食べカスが残っている


えっ?

俺、夜中に喰った?


いやいや、開封して出しはしたが食べた記憶はない


・・・あ、もしかしてこの部屋、ネズミとかいるのか?


それが夜な夜な俺の手の周りを歩いていた?


そんなことくらいしか、バウムクーヘンが無くなった説明が付けられない


母が降りてきてくれたなんて、そんなことあるわけないじゃないか


それから10日ほど、何事もなく過ぎた


日曜日。


昼前まで寝ていたSさんは腹痛で目が覚めた


だめだ、トイレに行こう・・・


のそっと起きてトイレに入ると、なかなか激しい下痢だった


出すものを出してスッキリすると腹痛も和らいだ


一人暮らしだし、トイレに行っても普段は扉など閉めることはなかったのだが


なんだか今回は閉めたい、という意識が働いたので完全に閉めていた


水を流し、パンツを上げ、ノブを回しながら扉を開けようとして


・・・開かない


えっ?

鍵が掛かるはずがない


再度扉を押すと、若干開いたのだが外から押し戻された


えっ?

押し戻された??

だ、誰かいる?!


もう一度、渾身の力で扉を押す


やはり少しの隙間はできるのだが、向こう側から強烈な力で押し戻される


明らかに誰かいる!!


何度も何度も血の気が引いた


息を殺し、扉の向こう側の気配を探る


・・・が、人の気配はない


扉に何かが引っかかっているのだろうか?


再度、渾身の力で扉を押すと何の抵抗もなくスカッと開いた


えっ・・・?


トイレを出て、扉の周りや蝶番を見る


あんな強烈に開かなくなるほどの要因が見当たらない


・・・ふと気配を感じ、トイレから玄関に向かうフローリングの床に目を向ける


「う、うわっ?!」


ケーキのような欠片が点々と落ちている


えっ・・・

まさかバウム・・・

でも1週間以上も前・・・


慌て玄関に向かい、扉を開ける


開けた先の共用廊下に、踏みにじられたようなバウムクーヘンの本体があった


廊下をキョロキョロ見渡すが誰もいない


思考が混乱する中、逃げてきたあの彼女の顔が浮かんだ


着拒にしていた番号を解除し、おそるおそる電話を掛ける


・・・電話番号はもう、使われていなかった



「事故物件」「いわく付き案件」が何かと注目を浴びる昨今だが


Sさんのように本人が「いわく付き」の場合も多い


自業自得だ

罪の意識に苛まれたら良いのだ

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