第124話 真言

終電で帰ってきたEさん(52)が午前1時の住宅街を歩いていると


「やん!やぁん!」


十字路の左手から甲高い鳴き声が聞こえてきた


ん?何だ?


Eさんは振り向いて目を凝らす


「やん!やんやん!」


ああ、散歩中の小型犬か


こんな夜中の散歩って、犬が付き合わされてるんだかご主人が付き合わされてるんだか


小型犬は、真っ暗な一軒家の5段ほど階段を上がった門扉に向かって吠えている


何事かと家人が出てくるかも知れないから、飼い主も引き摺って去れば良いのに、何故か立ち止まっている


門の中に犬でもいるのだろうか?


次の瞬間、突然飼い主が走りだした


反して犬は、引き摺られながらも門扉に向かって吠え続ける


飼い主は慌てて犬を抱き上げ、こちらに向かって走ってくる


Eさんは咄嗟に携帯を見るような素振りでやり過ごす


飼い主の男性はチラッとEさんを見たが、顔を歪めながら走り去っていった


再び静まり返る住宅街


何だったんだ?


Eさんは、犬の吠えていた対象が気になり、寄り道することにした


家に向かって歩きだす


近付くにつれ、立て掛けた看板からその家が空き家(売り家)である事がわかった


えっ?

じゃあ何に吠えてたんだろう?


足音を忍ばせて家の正面まできたEさんは、門扉を見上げてギョッとした


門の内側、奥まった玄関の前に、やけに頭の大きなスーツ姿の男が立っている


ダン!ダンダン!ダン!

いるんだろう?!開けてくれ!!


そう言わんばかりに玄関扉を叩いている素振りなのだが


何故か全く、音が聞こえてこない


男の拳は何度も何度も激しく扉を叩いているように見えるのだが・・・


いずれにせよ、空き家であってもこんな夜中に不審な行動には変わりない


「ちょっと?!何してるんですか??」


Eさんは声を掛けた


すると男は、叩いていた手を下ろすと、ゆっくりこちらに振り返った


「う、うわああっ?!」


Eさんはサーッと血の気が引き、慌てて走り出した


振り向いた男が、歯を剥いて憤怒する「馬」だったからだ


被り物ではない


鼻息荒く、離れた目がギョロッと見開かれて・・・あれは生身の顔だ


「うわああああ!!」


逃げるEさんの耳・・・いや、脳に直接、言葉が流れてきた


オン…アミリト…ドバンバ…ウン…ハッタ…ソワカ…


ノウマク…サマンダ…ボダナン…キャナヤ…バンジャ…ソハタヤ…ソワカ…



後日、妻から聞いた所によると


あの売り家は多頭飼いの家主が大量にペットを死なせ


近隣トラブルで逃げるように引越して行ったらしいが


最近、家主が夜な夜な戻ってきては


「もう許してください、もう許してください」


ぶつぶつ言いながら玄関に立っているのが目撃されているという

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