第123話 御守り

深夜1時25分。


ショッピングモールの防災センターで2人の警備員がモニター画面を見ている


38インチモニターが上下に4台ずつ・計8台が並べられ


それぞれ4分割された画面に数秒毎、各フロアや駐車場に設置された監視カメラからの動画が、映し出されては切り替わっていく


正直2人は、真剣にモニターを見つめているわけではない


侵入警報が発報すれば別だが、深夜のショッピングモールに何か映ることなど皆無だ


60代のベテラン警備員Aさんは片手間にイヤホンからラジオを聴いているし


ペアを組む30代の警備員Bさんは、画面に向いてはいるが、あと30分後に取れる仮眠まで保つだろうか・・・半分目が閉じかけだ


A警備員は5年、ここにいるが

B警備員は3日前に配属されたばかりだった


「うわ!うわうわうわっ?!」


突然、うつらうつらしていたB警備員が声を上げ、椅子の背もたれに仰反る


「なに?なんだよ?!」


A警備員もびっくりしてB警備員を見る


「いま女が!!」


「はあ?」


A警備員は、B警備員が指差すモニターに目を向けたが特に何も映っていない


「4FのB2!4FのB2見てください!!」


A警備員は手元のマウスで4FB2カメラに切り替える


メインモニターの4分割画面が1画面に変わり、4階のトイレ前にある3人掛けベンチが映し出される


「うわっ?!」


A警備員は思わず声を上げた


斜め右上から映すベンチに、俯き加減で女性が座っている


女性は何かを抱え、前後にゆっくり揺れている


「あれ・・・赤ちゃん抱いてませんか・・・」


女性の左手が、胸に抱えたものをトントンあやしている


「あれ、人ですか・・・」


「わからん」A警備員の声も上擦っている


「・・・幽霊でしょうか?」


「・・・」


しばらく2人は画面を見つめていたが、A警備員が声を絞り出す


「見に行かないと・・・」


「えっ俺、絶対嫌ですよ!!」


断固拒否という姿勢のB警備員を睨んでいたA警備員だったが


「俺行くから、お前モニターで見てろ」そう言って立ち上がる


「えっ本気ですか?!ダメですよ!!」


「だって見えてるし、本当に人だったらどうする?」


「マジで行くのですか・・・」


「お前ちゃんと見てろよ?あと、絶対無線使うなよ!びっくりして心臓止まるから!!」


そう言ってA警備員は地下の防災センターを出て行った


B警備員はメインモニターに視線を戻す


相変わらず女性は揺れながら座っている


非常照明の微かな明かりでぼんやり映る女性は、服装や歳の頃など、いまいちはっきりしない


胸であやしている(ように見える)のが赤ん坊かどうかも不明だ


『俺だ。階段から行く。』


突然A警備員から無線が入りB警備員はビクッとする


仕事とはいえ、よく行けるな・・・


畏敬の念よりも、頭おかしいんじゃないかと思い始めた時


「あっ」


座っていた女性がゆっくり立ち上がり、何かに気付いたように顔を右に向ける


そっちは階段だ・・・

やばいAさん、気付かれたのでは?!


女性は右に歩きだす


よく幽霊描写で表現される「スーッ」ではなく、しっかりと足で歩き、女性は画面右に消えた


まずい、このままだとAさんとバッタリ遭ってしまう!!


無線、入れた方が良いのじゃないだろうか?!


どうしようどうしようと無線を掴みながら迷っていると


画面右からA警備員が現れた

辺りをキョロキョロ見回している


あれ?

すれ違わなかったのだろうか??


その時


ギィィ・・・

防災センターの扉が開く音


ギョッとして振り向くB警備員


扉が30度ほど開いて止まり、その隙間から


「きよひろ・・・きよひろ・・・」


女性の声で自分の名を呼ぶのが聞こえる


B警備員は恐怖で意識が遠退いた



「・・・B、おいB!」


A警備員の声でB警備員は目が覚める


「そろそろ仮眠交代だ」


「えっ?」


B警備員は仮眠ベッドに横たわっていた


時計をみるとAM6時15分だ


「えっ?俺・・・」


「ほら、早く服着て巡回行ってこい。あとこれ。確かに渡したぞ」


A警備員から渡されたのは鮮やかな黄色の御守り


『身代守』と刺繍されている


「えっ?何ですかこれ??」


「俺は知りたくない。ただお前に渡さんと、俺がまずい」


「えっ?・・・あ、まさか会ったんですか?リアルな人だったんですか?」


「何も聞くな頼むから。黙って巡回に行ってくれ。もう居ないだろうから」


それ以上は何を聞いてもA警備員は答えてくれなかった


その2日後、B警備員は現場を替えられてしまった


どうやらA警備員がB警備員とのペアを拒否したらしい


そのうちBさんもその警備会社を辞めた


あの御守りは、手放すと悪いことが起こりそうで、ずっと財布に入れていた



それから1年後、Bさんの母親が亡くなった


実家で父と共に母の遺品整理をしていると、母の箪笥から漆塗りの小物入れが出てきた


長く開けられていなかったのだろう、父が小物入れの引き出しを開けると


カビ臭い匂いと共に雑多なあれこれが押し込められている


「あ、これ・・・母さんこんなところに入れてたのか・・・」


父が何やら薄汚れたものを摘み出す


「これなぁ・・・清弘が "ウチに来た時" に持たされとったんよ。なんで母さん、清弘に持たさんと、こんなところに」


そこまで言って父が口をつぐむ


「見せて」


父は黙ってBさん・・・清弘さんにそれを手渡す


それは薄汚れて色褪せた、『身代守』と刺繍された黄色の御守りだった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る