第122話 重さ

某製薬メーカーに就職した新入社員のKさん


彼は地方から上京して社宅に入り、初めての一人暮らしを始めた


4階建アパートの202号室が彼の住処だ


他にも社宅に入った同期入社が6人いたが、皆、別のもっと古いアパートを割り当てられた


「良いなぁお前だけ、築の新しい綺麗なアパートで」


同期の6人からは羨ましがられた


確かに自分だけ真新しく、綺麗な良い部屋だ


ここ1年、誰も住んでいなかったらしい


「そんなこと言うけどお前ら3人ずつ同じアパートに入れて、部屋飲みできるじゃん。俺だけ1人だよ?」


別に意図的な振り分けがあったわけではなく、たまたま会社の用意した社宅の空きがそうだった、ということらしい


意図があるとすれば、他の6人が内勤や営業に配属予定なのに対して


理系のKさんは製造管理部に配属予定だ


ただ人事課長から「まあKくんなら1人でも大丈夫・・・うん」と言われた時、何だか微妙な含みを感じた


どうあれ初めての一人暮らし。

ワクワクの方が勝っているから寂しさは感じなかった


ところが社宅に入った初日


23時過ぎに電気を消し、布団に入ると


パチッ

パチパチッ


空気中で音がする


えっ?

なんの音?


パチッ

足元左の空間で鳴ったかと思うと


パチパチッ

頭上1mあたりで鳴ったりする


夏場、コンビニの明かりに寄ってきた羽虫が電撃殺虫器に当たって鳴る、あの感じだ


この部屋、漏電してるのだろうか・・・


電気専門家ではないからよく分からないが、家鳴りではなさそうだ


大きな音ではないからそこまで気になることもなかったが


その後も就寝時に、電気を消したところから空気中でパチッと音がする日が続いた


4日目。


研修を終え、電車に乗ってアパートの最寄り駅に着いたKさんは、改札を出て歩き始める


19時前だ


歩き始めて数分経ったころ


ごぉーん

ごおぉーーん


微かに寺の鐘だろうか、音が聞こえてきた


それが、歩くたび徐々に大きくなってくる


Kさんはだんだんその音が耳障りになってきた


こんな街中に寺なんてあるの?


ごぉぉぉぉーーん

ごおぉぉぉぉーーーん


嫌な音だ・・・

思わずKさんは両手の人差し指を耳の穴にギュッと挿し入れる


ところが


えっ?!

なんで??


音が鳴り止まない

もしや・・・頭の中で鳴っている??


耳が変になったのだろうか・・・


不安に駆られながらアパートにたどり着く


階段を上がり、202号室の鍵を開けて室内に入る


と、今の今まで鳴り続けていた不気味な鐘の音がピタッと消えた


えっ、なんで?

室内の気圧の関係とか、あるのだろうか?


ともあれ音が止んで良かった


その後、食事を終えてくつろいだあと、風呂から出てきたKさんは布団を引き、電気を消した


消したと同時にあのパチパチが始まる


何なんだよ全く・・・


灯りを消してはいるが、窓から差し込む月明かりで室内がボヤッと見える


しばらくパチッと鳴った一点を見つめていると


キィーーンと耳鳴りが聞こえてきて、それが徐々に小さくなり


ごぉーん・・・

ごぉぉーーん・・・


代わりにあの、低い鐘の音が聞こえてきた


えっ、また?!

治ったんじゃなかったのか??


パチッ

パチパチッ

ごぉーーん

ごぉぉーーん


何が何だか訳が分からずKさんがパニックになりかけていると


パチッと鳴った右斜め上の空間が


暗闇の中でもハッキリと分かるほどギューッとねじれ、丸い歪みが現れた


そしてその歪みが、パチッと音のした場所から次々と発生してくる


数にして7、8個


頭で鳴り続ける鐘の音が、更に低くゆっくりな響きに変わってきた


ぐぅぅぉぉぉ・・・ん

ぐぅぅぅぉぉぉぉ・・・ん


その鐘の音に合わせ、丸い空間の歪み全てが、ゆっくりKさんに近付いてくる


Kさんは直感的に、あの丸いねじれに触れるとただでは済まないような気がした


Kさんはゴロリと布団から転がり出ると枕元のスマホを掴み


脱ぎ捨ててあったジャージのズボンを手にとり、履きながら玄関に向かう


いつの間にかKさんの背後では


キャッキャッキャッ

ちーちーちーちー 

バタバタバタバタバタ

ぶぉんぶぉんぶぉん


無数の色んな生き物の、飛び交い動き回るような音がしている


ぐぅぉぉぉーーーん

ぐぅぉぉぉーーーん


鐘の音も鳴り続けている


「早く外に!」

Kさんが扉を開けようとした時


「キキキキ!!」

至近距離で鳴き声がして首筋を何かが引っ掻いた


「痛っ?!」

声を上げながらKさんは玄関を飛び出た


扉を閉め、左手で首筋に触れるとネトッとした感触があり


驚いて手を見ると、べっとり血が付いている


気がつけば無意識のうちに警察に連絡していた


「部屋に何か居て襲われて!助けてください!!」


10分も経たないうちに最寄りの交番から警察官が駆けつけてくれた


首の傷を見せながら部屋に案内する


ところが部屋に入ると何もおらず、ただ静かな暗闇があるだけだ


夢でも見て、どこかで首を切ってしまったのでは?という事で済まされてしまった


その日は電気をつけたまま朝まで過ごし、朝1番に会社に連絡を入れ、病院で診察を受けたのだが


その時にはもう、首が異常に腫れ上がって化膿しており、何だか呼吸も苦しい


病院で検温すると38度を越えていた


「ペットか何か飼われてますか?鋭利な爪かな?掻き切られてますよ。呼吸器系にも症状が出てるみたいから、パスツレラ症かも知れません。抗生物質、出しますから様子みてください」


結局熱が下がるまで3日間、会社を休んでしまったのだが、その間もKさんは部屋で過ごした


というのも、あの怪現象が起こって以来、部屋では何も起きなくなったからだ


病み上がりの朝、Kさんは報告がてら人事部に寄った


「入社早々に休んでしまい、申し訳ありませんでした」


「何かに引っ掻かれたって?ペット持ち込んだんじゃないでしょ?」人事課長が尋ねてくる


「まさかそんな。あの・・・私の前に部屋に住んでいた社員の方、何も仰ってませんでしたか?」


「ん?・・・ないないそんな、何もない」


「ないない何もない」という動揺を滲ませた言い方に違和感を感じたKさんだったが、話はそれで終わった


2週間が経ち、基本研修の終わったKさんは


直属上司の主任の車に同乗し、40分ほど山奥に入った場所にある研究施設勤務となった


"ああ、O先輩が言ってたのはここか・・・"


Kさんは高校時代、野球部に所属しており


2年先輩のOさんは実家が近く、昔から知り合いだった


小さな頃から弟のように可愛がってもらい、高校進学もOさんにアドバイスを貰って同じ高校を受験した


その後、大学を卒業したOさんの就職した先が、今回Kさんの入った製薬会社だった


夏場に地元に帰ってきたOさんから、待遇の良い会社だと教えて貰った


「お前も入ったらどうだ?」そう誘われ、その気になり始めた


ところがプライベートで何かあったらしいOさんは、1年目の冬から会社を休みがちになり


春までもたずに退職・・・実家に戻り、引きこもっていたそうだが、その実家のマンションから飛び降りた


そのOさんの配属先が、確かこの研究施設だったのだ


森の中に建てられた研究施設


周囲には数軒の民家と寺があるくらいだ


そこでは毎日、大小様々な動物が運び込まれ、実験動物として扱われていた


「役目」を終えた意識の無い動物たちは、電撃によって安楽死させられる


そうして亡くなった動物たちを弔うため、最寄りの寺には専用の供養塔が設けられている


ここに来てからKさんは毎日、施設奥からパチッという電気ショックの音が響くたび、心が痛んだ


そして夕方18時には、動物たちの魂を鎮めるかのように、寺の方角からごぉぉぉーん・・・と鐘の音が聞こえてくる


Kさんは上司の主任に聞いてみた


「以前ここに、Oさんという方がおられましたよね?」


「えっ、Oくんを知ってるの?」


「はい、高校の野球部の先輩だったんです」


「そうなんだ?確か亡くなったんだよね・・・仲良かったの?」


「よく面倒見てもらいました」


「あ〜そうなんだ」


「Oさん、ここの実験に耐えられなかったのかな・・・」


「えっ?Oくんが?う〜んそれは無いな」


「どういう事ですか?」


「ん〜、君に言う事ではないかも知れないけれど・・・」


「何かあったんですね?」


「いや、あの・・・気を悪くしないでくれよ?Oくんはここに来て、自分の欲求を満たしていたんだよ」


「えっ?」


Oさんはこの研究施設で、実験動物に対し、不必要な虐待・殺傷を繰り返していたそうだ


それがばれて問題になり、表向きは自主退職、という形を取って辞めたのだという


少なからずショックではあったが、Oさんなら有り得る・・・Kさんは思った


そしてあの202号室には、自分の前にOさんが住んでいたのだろうという想像もついた



※ 「結局、慣れちゃいましたよ」淡々と話すKさんは現在、研究施設の主任として活躍している

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