第121話 六甲山2

21話の六甲山で、雀様から戴いたコメントの返信でも書いたのですが


若い頃に連れと2人、この六甲山で殺されかけた事があります



大学2回生の頃、世はバブル全盛期で


バイトで金が貯まるとマハラジャなどのディスコに通っていた


北大阪にあったディスコ、もう名前は忘れたけれども


仲の良かった連れのAと2人で、よく通っていた


ある時、前方のお立ち台で踊る女の子をAが可愛いと言いだし


ナンパの結果、彼女とその友達は我々の席に来て一緒に飲むことになったのだが


その2日後、Aが「困った事になった」と言ってきた


聞けばその彼女がディスコのオーナーの彼女だったそうで


そのオーナーというのが同じ大阪府下の大学4回生の男で、親から店を任されているらしく


「人の女に手を出して落とし前はどう付けるんだ」と呼び出しを喰らったのだという


ただ飲んだだけ、なんだが。


その呼び出された場所が神戸は三ノ宮にあるマンションで


どうやら相手の男はそこに住んでいるらしい


相手からの電話ではAだけが呼び出されたらしいが


「連帯責任やから俺も行くわ」と、謝れば済むんやろ?くらいの軽い気持ちで


翌日の午後4時、Aと一緒に神戸のそのマンションに向かった


現地に着くと高級感溢れるマンションだ、1987年当時ではまだ珍しかったオートロックだ


3階だったか4階だったか、指定された部屋番号をAが押すとフロントが開く


俺はまだその段階では、連れのお付きでやってきただけという、少し他人事みたいな気持ちでいた


部屋の前までくる

インターホンを押す


カチャ、と扉が開く


開けたのは、いかにもチンピラ風情といった同い年くらいの男


こいつがオーナーか・・・


「入れよ」


頭を下げて玄関に入り、靴を脱ぐ


広い間取りだ

男の後ろに付いて歩き、促された部屋に入ると・・・


そこはリビングのようだ、ソファーセットが並んでおり


どう見てもその筋の男が5人いる


ヤクザやないか・・・

俺は初めて、ことの重大さに気付く


ソファーに深く座っていた30代くらいのスーツの男が口を開く


「何しに来た?」


A「あの、先日の◯◯でのことをお詫びに来ました」


「あんたら大学生?」


「はい」


「何回生?」


「2回です」


「そうか。ほんなら今日で強制退学やな」


初めは意味が分からず頭に「?」が浮かび続けていたのだが


ソファーの男が、周りに立っている男連中に顎で指図する


どうやら扉を開けた男も、オーナーではなくただの下っ端のようだ


男の座るソファー以外、テーブルやら何やらが除けられる


そこにブルーシートが敷かれた


"何をされるんだろう・・・"

Aと俺は血の気が引いていく


「ここ来て詫びんかい」男性が言う


我々は顔を見合わせながらシートの真ん中まで歩き、男性を見下ろす形で立つ


「何立っとんねん」横から声が掛かる


Aと俺はすぐさまシートに正座する


A「こ、この度は」


「土下座やろがー」また横から声が掛かる


我々は手を付き、頭を下げる


A「この度は、人様がお付き合いしている女性に声を掛けてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」


何も反応がない


俺「私も一緒になって騒いでしまいました、本当に申し訳ありませんでした!」


何も反応がない


A「もう2度とこの様なことをしないと誓います!どうかお許しください!」


俺「申し訳ありませんでした!」


何も反応が無く、我々は頭をシートに付けたままだ


そのうち正面のソファーの男が周囲の男たちに口をひらく


「用意しよか」


立っていた1人が部屋を出ていく足音


"用意って・・・?!"


ものの1、2分だったろうが、俺には10分ほどに感じた・・・のではなく


逆に「何か知らないが始まらないでください!」という恐怖のあまり


再び男が部屋に入ってくるまでが10秒くらいに短く感じた


そして・・・


男が近付いてきて前触れもなく


「ゴンッ」


「うぐっ・・・?!」


左のAが低く呻いた


間髪入れず俺も、頭頂部に「ゴンッ!」という凄まじい衝撃を受ける


激痛に意識が飛ぶが、すぐさま激痛に意識が引き戻される


俺が突っ伏しているブルーシートに血だまりができていく


あっ・・・

死ぬわ・・・


横を見るとAのシートにも血が拡がっている


側に立つ男がゴルフクラブを持っている


"それで叩いたんか・・・"


「うう・・・う・・・」激痛で声が漏れる


「まだ元気そうやな、もう一発いこか」


ソファーの男が言う


「ゆ・・・許してください・・・もう2度としません・・・」

「殺さないでください・・・」


Aと俺は同じ様なことを言いながら命乞いした気がする


結局2発目が来ることはなく、起こされた我々は頭を何かでグルグル巻きにされる


痛いからか吐き気がするからか、意識が飛んだり戻ったりする


「口開けろ」

何かを押し込まれ


「飲め」

コップから水が注がれる


飲み込めずにいると「飲まなここで死ぬで」と言われ、なんとか錠剤?を飲み込む


そこからは記憶が朧げだ


部屋から連れ出され・・・

車に乗せられ・・・

どこかに到着し・・・

降ろされ・・・


車が去っていく


そのうち、朦朧とするなか何度か体を小突かれ


顔の近くでフッフッフッと生臭い息をかけられた


激痛で意識が戻ってくると、自分が森の斜面に寝転んでいることがわかった


「あっ・・・」

ふと気付いて頭に触れる


触れただけで頭頂部に激痛が走る

頭には何か巻かれているようだ


「A?おい、A?!」


真っ暗な中で名を呼ぶと「ここにおるわ」と返事があった


「ここ何処や・・・」

「わからん・・・」


時折、上の方で車の走る音がする


「動けるか?」

「大丈夫や」


我々は山の斜面をフラフラゆっくり登っていく


うっすらとガードレールが見えた

力を振り絞って乗り越える


時間を気にしていなかった、時計を見ると23時前だ


「何処や、ここ・・・」


我々はとりあえず山を下ろうと車道を歩き始める


時折車が走ってくるが、皆不気味なのか一台も止まらない


我々も止めようとしない


2人とも、今の状況を聞かれちゃいけない気がしたからだ


どれくらい歩いただろうか

眼下に街の明かりが見え始める


遠く海まで続く100万ドルの夜景、というやつだ


ようやく鶴甲(つるかぶと)団地が見えてきたか・・・


ん?鶴甲?


そうやこの道、六甲ドライブウェイやないか・・・


てことは俺ら、六甲山に捨てられたんか?!


道沿いに公衆電話を見つけたので、三ノ宮に住む連れに片っ端から連絡を取る


そのうち1人がつかまり、車で迎えにきてくれた


我々のなりを見て驚く


その日、その連れの部屋(一人暮らし)に泊めてもらい


翌日、朝から包帯と帽子・痛み止めを仕入れてきてもらい、見た目を整え、車で大阪まで送ってもらった


その日、Aと俺はそれぞれ別の外科の診察を受けた


「飲んで転けて気が付いたらこんなことになってました」と説明する


互いに5センチほどの裂傷で、何針縫ったかは覚えていないが


ああいう連中は、素人がビビるように視覚的に効果のあるやり方で傷つけるのが上手いよな・・・と妙なところに感心しながら


これだけで済んだのだから、訴えるなどして本気で消されるよりは


この話は2人の胸のうちに仕舞って黙っておいた方がいい、ということになった


三週間ほどして抜糸も終わり、ホッとしたタイミングでAと飯を喰った


「死なずに済んだだけ儲けもんやったな」そんな話をしていた時にAがふと、思い出す


「死なずに済んだ、言うたけどや。俺らが山の中で転がされてた時、周りになんかおらんかった?」


「あ、俺、何度も小突かれたわ。凄い臭い息を吹きかけられた気がする」


「俺なんか顔、舐められたぞ?」


養豚家が豚の柵の中で転んで気を失い、豚に食べられてしまったというニュースを聞いたことがある


あの日、我々の周りをウロついていたのは、野生の猪ではなかったか・・・

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