第119話 彼女の消息

離婚して2年経つYさん(50)は、飲み会でとある女性と仲良くなった


その後も2人きりで食事したり飲みに行ったりする機会が増え


そのうち「想いは彼女も同じではないのか?」と感じ始めた


彼女の49才の誕生日を祝った際


お互いに足りない部分を補って生きていくのも良いかもしれないね、と切り出してみる


「わたしを選んだら漏れなく母が付いてくるよ?」


母親と二人暮らしという彼女が冗談めいて言う


後日、彼女の親友と話す機会があり、Yさんは彼女とのことを相談してみた


ところがその女性からは「あの子が良くても母親が離さないわよ」と言われる


彼女がこの年まで結婚しなかったのは、母親の束縛が尋常でないからだという


「そんなにすごいの?」


「寵愛昂じて尼になす、ってやつ」


「ごめん意味がわからない」


「親の愛情が過ぎて婚期失って尼僧にしてしまうってこと」


「彼女はそれをどう思ってるの?」


「今回も多分、あの子なりに頑張って殻から出てきたんだとは思うけど。Yさんでも、どうにもならないかも」


「そんな感じか・・・強引にすると彼女、板挟みになるのかな」


「ん~わかんない。私もそれとなく聞いてみるけど」


だが結局、半年が経ったころ


彼女の実家に行くこともなく、母親に会うこともなく、Yさんは再婚した


というか彼女は頑(かたく)なに母親に会わせたがらなかった


結婚後も2人の間では、母親の話題がのぼることはなかった



それから3年経ち、彼女の母親が亡くなった


一人で片付けるからあなたは来なくていい、と釘を刺されたYさんは


亡くなっても会わせたがらないって一体何があるのだろうと違和感を覚えながら


結局 "家族葬" にも参加せぬまま、以降の全ての仏事が終わった



5年後。


とある日曜の、午後3時を回ったころ


「はーい」


何も聞こえないのに突然、リビングから玄関に向かう妻


「えっ?声したっけ?」


同じくリビングで雑誌を読んでいたYさん(58)が顔を上げる


「はーい」玄関の戸を開ける音


数分後、戸の閉まる音がして妻が戻ってきた


「ん?誰だった?」


「あっいえいえ」何の感情も読み取れない妻の顔


「は?」


何でもない何でもない、という風に妻はそのまま台所に去っていった


午後6時、夕食になる


「あのさぁ・・・」


食事の途中で妻が話しかけてきた


「ん?」


「話があるんだけど」


「なに?」


「そろそろ、別れましょう」何の感情も読み取れない妻の顔


「はあ?」


何をいきなり冗談を、と思ったが、彼女がそれ以上会話を続けないので


「なにそれいきなり・・・全く笑えないんだけど?」


Yさんは苦笑するしかなかった


翌日、月曜の19時


仕事から帰ってきたYさんは、奥さんが家を出て行ったことを置き手紙で知る


『戻ります。いままでありがとう。』


携帯はキッチンテーブルに置かれたままで、連絡も取れない


昨夜のあれは本気だったのかと焦ったYさんは、翌日急遽休みを取り、彼女の実家に訪れてみた


実家は上がったことすらないが、何度かこっそり行ったことがある


誰も住んでいないが売りに出されるわけでもなく、妻が管理していたはずだ


車から降りて家の様子を窺うが、誰もいないようだ


1時間ほど車から眺めていたが、これ以上道端に居座れば不審者と思われかねない


Yさんは前以て調べていた管轄の法務局に向かう


申請用紙に必要事項を書き、窓口に出す


15分ほどして登記事項証明書が発行された


何か手掛かりが欲しかったのだ


証明書を見ると妻ではなく、また彼女の母親でもない、全く知らない姓の女性が権利者として登記されている


誰だこの人?


次は最寄りの区役所に向かい、妻の戸籍謄本を取ってみた


過去を掘り起こすようなことはしたくないが、今は緊急だ


何でもいい、情報が欲しい


こんなものをじっくり見たことなどなかったが・・・


身分事項の「出生」から下に読み進めるうち、Yさんは今更ながらに驚いた


「民法817条の2 」の表記がある


つまり彼女は、特別養子縁組で養女になったらしい


裁判確定日からすると彼女が14歳のころだ


知らなかった・・・



『戻ります。いままでありがとう。』



彼女はどこに戻っていったというのか


あまりにも急に・・・そう、思えばあの日曜の来訪?から態度がおかしくなった気がする


いずれにせよ


言われるがまま母親に会おうとせず

言われるがまま葬儀にも参列せず


俺はこの8年間、彼女を知ろうとしてきただろうか・・・

都合よく、ただ側にいて欲しいだけではなかったか・・・


Yさんは、今更慌てふためいている自分が、とても情けなく思えてきた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る