第116話 あぶないっ!!
Kさんが8歳の頃、夏休みに父方の田舎に遊びに行った時の記憶は
のちに言葉の意味を知ったが、まさに「墓場まで持っていく」ものとなった
Kさんと2つ下の弟は、祖父や祖母、両親が近所のスーパーまで買い物に出掛けたので留守番をする事になった
裏庭の畑の一部が何も作っておらず、でこぼこグラウンドのようになっていて
農工具が仕舞ってある納屋から鍬(くわ)を持ち出したKさんは
6歳の弟に、5メートルほど離れた場所から小石を投げさせ
自分はその鍬をバットに見立て、野球ごっこをはじめた
その鍬は、爺ちゃんが子供用に短く小さめに手作りしたものだ
もちろん、バット代わりにしているところを見つかったら怒られる
始めて数分で弟は「もうなげるのいやー」と拗ねだしたが
Kさんは「あと一球!あと一球でかわるから!」と嫌がる弟に小石を投げさせた
流石に不貞腐れて泣きそうな弟に「これでこうたい!」とラスト一球(小石)を投げさせると同時に
「大回転打法!」と言いながら鍬の柄を振り回したまま、体もぐるぐる回り始めた
すると何回転目かで急に鍬が軽くなる
と同時に
【あぶないっ!!】
地鳴りのような声で誰かが叫び
その咆哮に飛び上がるほど驚いてKさんが回転を止めると
同じく驚いて身を屈めた弟の頭部に向かって、何かが当たる瞬間だった
ガン!!
その何かは弟の左目あたりを突き抜け、まだその先に飛んでいく
弟が倒れ込む
"あああっ?!"
鍬の先を見ると刃がない
手作り農工具だ、穴の隙間に止金を打ち付けて取れないようにしていただけの刃が、振り回して飛んでしまったのだ
Kさんは血の気が失せた
「たくや!たくや!!」
その場にうずくまり、顔を押さえたまま動かない弟に駆け寄る
「大丈夫?!大丈夫?!」
だが弟は、手をどけて何事もなったかのような顔でKさんを見上げる
「たくや大丈夫?!」
「いますごい声がした・・・」
どうやら弟は鍬の刃が当たったからではなく【あぶないっ!!】という大声に驚いて腰を抜かしたらしい
ともあれ当たっていなくて良かった・・・弟が死んでいたかもしれない、とKさんは泣きそうになった
「たくや、もう家の中で遊ぼう。俺が敵になるから」
「ほんと?わかった!ライダーごっこ!」
「先に入ってて。片付けてから行くから」
スクッと立ち上がった弟は、自分に向かって刃が飛んできたことに全く気付いていないようだ
スキップしながら母屋に帰っていく
それを見届けたKさんは、飛んで行った鍬の先を探して歩だした
と同時に畑の周りをキョロキョロと見回す
さっきの大声・・・爺ちゃんでも父ちゃんでもない
近所のおじさんが見ていたのかな・・・だけど人ってあんな大声、出せるのかな??
Kさんは"裏山が叫んだ"ぐらいに感じたのだ
近所の人たちも皆、びっくりしたはず・・・
誰かに見られていたなら、あとで爺ちゃんや父ちゃんに告げ口されるかな・・・
でも・・・
ガン!!って顔に当たった音がしたのに、どうして弟は大丈夫だったんだろう?
そんなことを考えながら歩き回っていると、弟が立っていた数メートル先に刃を見つけた
土に刺さっていたのをしゃがんで抜こうとして
「あっ!!」
驚いて手を離す
土に刺さって分からなかったが、刃にべっとり赤黒くドロッとしたものが付いている
これって・・・血?!
弟は怪我をしていなかったはずだし、だとしたら地中のモグラか何かに当たったのだろうか?
Kさんは恐る恐る刃を引き抜き、それであたりの土を掘ってみたが、土の中にそれらしき生き物はいなかった
止金は見つからなかったので、血のようなものが付いた刃と柄を持ち、納屋に向かう
柄を納屋に立てかけると、周囲をキョロキョロしながら家を出て
道の脇に流れている用水路に汚れた刃を浸けた
土が流れ、次いで粘着質の赤いものが流れていく
透明な水が赤く濁る
やっぱり血・・・でも、誰の血?
刃の汚れが綺麗に洗い流されたので、Kさんはまた周囲をキョロキョロ警戒しながら家に戻る
納屋に入り、止金が無くなったのでスカスカになった刃と柄を合わせ、隅に隠すように置く
その後、母屋に戻って弟のライダーごっこの相手をしたが、それとなく調べた弟の体には、やはり傷一つ無かった
それから18年後
Kさんの結婚式で弟がスピーチをした
「兄と私には幼い頃、不思議な体験がありました。2人だけの秘密なのでここでは話しませんが、それ以来、大きな力に見守られて育ちました。そしてそれはこの先も、兄の家庭を見守っていくことでしょう」
なんだかスピリチュアルな内容に会場はザワッとする
参列した友人たちから
「おまえの弟、変なこと言ってたけどあれ何?」
「どんな話なんだよ聞かせろよ?」
妻からも
「拓也さんの話ってなんの話?」
質問攻めにされたが、Kさんには全く身に覚えがない
式が終わり、皆さんを見送ったあと、両親を家まで送るという弟を会場の隅に引っ張っていく
「なあ、お前の話。あれなに?」
「ん?兄ちゃん覚えてないの?」
「何をだよ?見守られてって、誰にだよ?」
「言えない」
「はあ?何でだよ?」
「兄ちゃんが覚えてないなら言えない。だけど覚えてないのはまずいよ・・・本当に忘れたの?」
「だから、何をだよ!」
「あ〜ダメだ・・・分かったこれだけ言うよ兄ちゃん。兄ちゃんは1回、俺を殺してます。本当に覚えてない?だけど"あれ"が身代わりになってくれて。兄ちゃんが新しい家庭を築けるのも、俺が今、生きているのも全部あのおかげ」
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