第113話 分水嶺

インデペンデンス・デイというSF映画の小説版において


エイリアンが地球を一斉攻撃する際、映画版では登場しない東京への攻撃も描写されており


東京都内に留まらず、横浜や埼玉などの都市部も被害を受ける様子が描かれているのだが


日本人は


「冷静に普段と変わらない日々を送ろうとしたため、(先進諸国において)最も多くの死者を出した」


らしい


勤勉さが裏目に出てしまった国民として描写されているのだ


ワーカホリックという言葉に当てはまる日本人が多いことは、皆様もよくご存知のことと思う


「自分の健康や趣味よりも仕事を一番に優先し、常に働いていないと気が済まない状態」


止まるのが怖くて止まれない、休めない


休んだ分だけ仕事が溜まるだけの事だし


忙しい同僚には迷惑を掛けたくないし


仮に休めたとしてもメールや電話が全て仕事関連じゃなかろうかと、気になってくつろげない


結局、家のPCを開き、何かしら作業している自分がいたりする



中堅ゼネコンに勤めるB営業部長(53)


非常に厳しい受注ノルマを課せられ、毎日プレッシャーに潰されそうになりながら心身ともに疲れ果てていた


何処か海辺に移り住んで、趣味の釣りだけする生活を送りたい・・・


そんな妄想を膨らませながら、ある日曜日に行きつけの散髪屋に向かった


椅子に座ると斜め右手のモニターから、何処かの漁村の映像が流れている


ヒーリング的な内容だが、散髪中ボーっとそれを眺めているうち、Bさんは無性にその漁村に行きたくなった


散髪を担当してくれている店主に、この映像の海って何処なんですかね?と尋ねてみる


「あ、確か日本海側の◯◯漁港だったと思います。のどかですよねぇ」


散髪から帰ってきたBさんは、早速その◯◯漁港を調べてみた


あっ敦賀なのか

新幹線で行けるなぁ・・・


それから1ヶ月後の金曜日


有給休暇を取ったBさんは、日曜までの2泊3日の行程で、その漁港に向かった


妻や息子は、父親が久しぶりに泊まりがけで釣りに出掛けたと思っているようだが


今回釣りは無し

ただただ、のんびり癒されたいだけだ


ところが朝から


移動中の新幹線にも電話は掛かってくるわ

メールはくるわ

LINE入るわ


『部長、お休みのところすみません、確認したいことがありましてお手隙の時にでもスマホまでお電話いただけませんでしょうか』


『◯◯ホールディングスの◯◯さんから、何とか今日、連絡もらえないかと電話ありました』


『申し訳ありません、急ぎで書類を承認いただきたいのですがPDF添付します』


全く気の休まる暇がない・・・


返信しなければいい、というわけにもいかない


到着してからも何だかんだと対応しながら、田舎の漁村を散策する


が、全く楽しめない


結局早めにホテルにチェックインし、部屋からあれこれ仕事に専念することにした


何しにきたんだろう

何のためにこの小旅行を組んだのか


「結局こんな感じか」

Bさんは自虐的に独り言を漏らす


夕方5時半。


フロントで、近くに良い感じの居酒屋がないか尋ねると、海沿いにあるという地元漁師たちも通う店を教えて貰った


早速、店に向かう


まさに海沿いにある、年季の入った店構えだ


うっわ最高じゃないか・・・


昼間の嫌な気分を払拭してくれそうだ、Bさんは早速店内に入る


「いらっしゃいませ・・・あれ?ケンちゃん早いね!」


女将さんだろうか、50代の女性が声を掛けてきた


「・・・あっ御免なさい!常連さんと見間違えちゃって」


「いえいえ。ホテルのフロントの方からこちらをお勧めして戴いて・・・」


「あっそうなんですね!ありがとうございます、カウンターでも宜しいですか?」


席に座ると正面には大将がおられる


大将「ケンちゃん・・・じゃないですね、失礼しました」


女将「ね?間違えちゃうよねぇ笑」


「そんな似てますか?笑」


女将「御免なさい本当に。漁師されてるケンちゃんがお客様にそっくりなんですよ。御親戚じゃないですよね?笑」


「えっそんなにですか笑 お会いしてみたいなぁ」


「多分来ますよ、7時にもなれば」


そして7時を回ったころ、漁師のケンちゃんがやってきた


背格好から何から本当にそっくりだ


しいて違いを上げれば、日焼けした肌とがっしりとした筋肉質の上半身か


何と年齢も同じ、趣味嗜好も似通っている


お互いに他人とは思えず、カウンターで意気投合して飲んでいた


色んな話をするうちに、Bさんとケンちゃんは同じ大学を目指していたことがわかった


Bさんは合格し、ケンちゃんは落ちた


Bさんは卒業後、大都市で就職し


ケンちゃんは大学進学せず、父を継いで漁師見習いになった


Bさん「僕は在学中、◯◯さんっていうプロ釣り師のところでアルバイトしていて、フィールドテストなんかもやらせて貰って。卒業したら就職するか、釣り師見習いになるか悩みました」


ケンちゃん「俺は逆。大学受かってたら普通に東京で就職して、親父の跡は継がなかったと思う」


「僕、ほとほとサラリーマンに疲れ果てましてね。この旅行だって現実逃避。もう、趣味の釣りだけして生きていたいですよ。漁師さんってどうなんですか?」


「からだガタガタよ?若いうちは無理も出来たけどな。で、温暖化だろ?獲りたい魚は獲れずに商品にならない魚ばっか獲れてさ。会社勤めしてりゃ良かったわ」


「何だか我々、分岐点で逆に行った感じがしますね」


「あの時あっち行ってれば違う自分がいたかも・・・ってのが、Bさんかもな」



金曜、AM5時。


ふと目が覚めたBさんは、今しがたまで見ていたリアルな夢に一瞬、ホテルで目を覚ましたのかと勘違いした


自宅の寝室だ

隣では妻が寝息をたてている


おもむろに枕元のスマホを手に取る


馬鹿馬鹿しいとは思ったが、記憶の鮮明なうちに居酒屋をググる


ある・・・

なんとあの店が実際に存在する


えっ?

俺は本当に行ったのか?


いやいや、どうせ仕事に追いかけられる羽目になるだろうと思い


確かに有給休暇は取ったが、旅行は諦め、自宅でのんびりすることにしたのだ


だが実際にある居酒屋・・・

以前にもググったのだろうか・・・


どうせ今日は休みなんだし、今すぐ二度寝すると夢の続きを見られるかも知れない


それにしても俺は夢の中まで会社に縛られているのだな・・・


仕事に潰される前に、ケンちゃんとサシで飲みたいものだ笑


・・・いや待て?!


Bさんは枕元に置きかけたスマホを再度開く


あ・・・

ある・・・


交換したケンちゃんの着信履歴が残っていた

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