第109話 深夜残業

午前2時を回り、M主任(当時36)はため息をついた


自分の机周りだけ照明で照らされたオフィスは暗く、殺伐としている


まだまだ報告書はまとまらず、仮眠を取れないまま朝を迎えそうだ・・・


気合いを入れ直し、再び資料に目を落とした瞬間だった


ビーッ!ビーッ!ビーッ!


突然PCが異音を発してブラックアウトした


Mさんは驚いて心臓が縮み上がる


「なに??なんだよ?!」


モニターの不具合か本体の不具合か


入力しかけのデータは保存していただろうか・・・下手に再起動して立ち上がらなくなるのも怖い


どうしたものかとPCを見つめていると、画面左上に文字が浮かんだ


C:¥ ニゲ>


えっ?

コマンドプロンプト?


C:¥ ニゲ>

C:¥ ニゲ>


えっ?

えっ??


C:¥ ニゲ>

C:¥ ニゲ>

C:¥ ニゲヨ >


にげ?・・・逃げよ?!


ゾッとしたMさん、スマホと財布を掴むと立ち上がり、暗い足元に注意しながらオフィスから共用廊下に走り出た


何だあれ?

誰かの悪戯??


非常照明の薄明かりの下で息を殺しながら佇んでいたが、特に何も起こらな・・・


ガッシャーーン!!

ガァン!!

ガンガン!!

ガァンガァン!!


突然オフィスから凄まじい破壊音が鳴り響く


「うああっ?!」


悲鳴をあげたMさんは慌ててエレベーターまで走り下ボタンを連打する


が、ここは7階

エレベーターは1階だ


背後を振り返る


破壊音は止んだが、自席から漏れていた明かりが消えたらしく、オフィス内が真っ暗になった


誰かいる!!

いつからいた?!


エレベーターを見る

まだ3階だ


そのとき


カチャ

背後でオフィスの扉が開く音がした


Mさんは顔面蒼白になりながらエレベーター横の真っ暗な非常階段を駆け降りる


7階から1階に駆け降りる間、何度も段を踏み外しそうになりながら必死に降っていく


1階に到達し夜間入口の施錠を外すとビルの外に飛び出し、コンビニの灯りの方に走った


コンビニの前まできてようやく背後を振り返ったMさんは、ハアハア息を切らせながら混乱している


誰かがオフィスを壊していた?

いやあれは、俺のデスクを壊していた?!


何のために??


俺が作っていたのはただの会議資料・・・


というか「ニゲヨ」って誰が入力した??


混乱したままMさんはオフィスビルから更に遠ざかる


確か商店街にネカフェがあったはずだ・・・


その後Mさんはそのネカフェに入り、まんじりともせず夜明けを迎えた


朝、7時半


ネカフェを出てオフィスビルに戻ると出勤する人たちが確認できた


ビルに入り、エレベーターの上ボタンを押す


乗り込むと7階ではなく、6階を押す


6階に着き、扉が開くとそのまま非常階段を上がる


7階まできた

共用廊下に顔を出す


と、自分の勤めるオフィスの扉が開いていて人の気配がする


オフィスに近づき、恐る恐る顔を出すと先輩社員が頭を抱えている


「あっM!!お前これ何だよお!!!!」


振り返った先輩に怒鳴られたMさんは自席を見て驚愕した


予想はしていたが、デスクの上やPCが、ハンマーで殴られたかのように砕け散って破壊されていた


その後、次から次と出社した上司や同僚に昨晩の事を説明した


警察が呼ばれ、オフィス荒らしとして現場検証が行われたが


外部からの侵入の形跡がなく、Mさんの自作自演も疑われた


そしてその3日後


客先の談合に絡んで東京地検の家宅捜索が入った


タイミング良く破壊されたMさんのPCは当然、真っ先に疑われた


Mさん本人も度重なるヒアリングを受けたが


もし仮にMさんのPCに不都合なデータが保存されていたとして、当の本人が派手に破壊する?という話だ・・・


最終的にMさんは嫌疑不十分で解放されたが


地検や公正取引委員会としては充分な確証を得たとのことで、会社の談合関与は立件された


いずれにせよMさんは会社を辞めた


「辞める際にも悪あがきみたいに誓約書に一筆書かされましたよ、『会社で知り得た情報は他言無用』って。まだコンプライアンス云々言われる前の時代ですよ。けどあれ、本当に誰の仕業だったのか・・・」

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