第107話 夏休み

ユウキさん(57・男性)は小学生の頃


夏休みになると3泊4日で父親の実家の田舎に帰るのが楽しみで仕方なかった


山奥にある田舎での生活は、都会っ子のユウキさんには刺激だらけだった


虫取り、魚釣り、農作業の手伝い、ニワトリの餌やり、山登り、川遊び


小2の夏休みに、その田舎の学校に通う3学年上の小学生と仲良くなった


ある日爺ちゃん婆ちゃんの農作業を手伝って(邪魔して)いると「おまえ、誰?」と声を掛けられた


爺ちゃん婆ちゃんとは顔見知りのようで


「ケンジ、仲良くしてやってくれなー」


そう爺ちゃんから声を掛けられた少年は、いきなり虫取りに連れて行ってくれた


その日の夕方、穴の開いた菓子箱を大事そうに両手で掴みながら帰ってきたユウキさん


「あらー、これなに?」


自慢げにに差し出した箱を「開けたらダメ」と言う前に母親が開けてしまい


箱いっぱいに入っていたカブトムシがガシガシ出てきて飛び回り、パニックになった


それからというもの、夏休みに田舎に帰ると


車の音で分かるのだろうか、ケンジくんやその友だちが道で待っていて


「ユウキ、川いくぞ!」


ユウキさんはすでに用意していた海パンとタオル入りの手さげカバンを持って車を飛び降り、そのまま一日中、野外で遊んでいることもあった



・・・小学5年生の夏。


いつものように田舎に帰ってきたユウキさんは部屋に自分の荷物を置くと早速、虫取り網と虫カゴを持って家を飛び出した


「あっユウキ!」


出がけに爺ちゃんが何か言いたかったようだが、"遊びたい"が優先した


「後で!」とだけ言い残して通りに出る


辺りをキョロキョロしていると、すぐに遠くの木陰で佇むケンジくんを見つけた


ケンジくんは昨年4月から中学生になっており、声も変わり背も伸びて、ますますお兄ちゃんという感じだ


「こんにちは!ケンジくんひとり?」


「うん」


「虫取り行く?」


「あ、今は真昼間やけ見つからん。暑いから山の洞窟、行く?」


「あっ、行く!」


それから3時間ほど洞窟や川で遊んだ2人は、夕暮れと共に山を降り、バス停のある分かれ道で「また明日!」と別れた


家に帰ると壁時計は午後6時過ぎを指している


「あ、ようやく帰ってきたか」庭先にいた父親が出迎える


「お前、爺ちゃんの話も聞かずにすぐ行ってしまうから・・・ちょっと大事な話があるから、手を洗って早よ上がれ」


父親は、怒ってはいないが何だか難しい顔をしている


ユウキさんは手を洗うと広間に向かう


そこでは爺ちゃん婆ちゃん、父親母親が、難しそうな顔をして待っていた


「まあ、そこ座り」爺ちゃんがユウキさんを促す


「あのなユウキよぉ。悲しい話なんだが、春先にケンジが」


「・・・あ!きょうケンジくんにたっくさん貰った!ほら!」


ユウキさんはズボンのポケットというポケットから、当時全盛だったスーパーカー消しゴムをざらざらと座卓に落としていく


200個以上は優にあるだろう


「なに?誰に貰ったって?」父親が怪訝な顔をする


「だからケンジくん」


皆は顔を見合わせる


「なあユウキよ、今までどこで遊んでた?」


爺ちゃんに聞かれ、今日は1日ケンジくんと山の洞窟に行き、そのあと川で泳いでいた話をする


「お前それ、本当のこと言ってるか?」父親に問われムッとしたユウキさん


「本当のことってなに?なんで皆んな、そんな顔で僕を見るの?嘘ついてないよ?信じないならケンジくん家に電話して、聞けば良いじゃんか!!」


父「夕飯食べ終えたら連れて行こうと思ったけど・・・連れて行かない方がいいかな」


爺「ああ、お前だけで顔出してこい」


「・・・なに?どこに?」


ユウキさんの問いかけに、今まで黙っていた婆ちゃんが口を開く


「あのね、ケンジは3月に死んだんだよあの洞窟で」



「・・・当時は色々と理解できない事だらけだったけどね。亡くなりかたも変だったみたいだし。けど俺まだ持ってんだよ、貰ったスーパーカー消しゴム」


ユウキさんは懐かしそうに笑う

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