第106話 化身

3月から半年間限定で、北海道の帯広に出向となった横浜のOさん(26・男性)


まだ独身ということもあり、旅行気分でワクワクしながら赴任した


用意された社宅は少し郊外にあるアパートで、裏手には針葉樹の林が拡がるロケーションだ


通勤用に社有車を当てがわれ、こちらもあらかじめ会社が借りた駐車場は、社宅から歩いて8分のところにある


社宅のすぐ近くにも駐車場はあるのだが


細い生活道路が続くため、住人への配慮や安全面からも、大通りにあるその駐車場になったらしい


彼は出向先の食品工場まで通勤するのに、毎朝4時に起きて半に家を出る


駐車場まで歩き、そこから車で1時間掛けて出勤する


工場の始業時間は6時半、終業は15時半だ


ちなみに所属会社の支社は社宅から30分のところにあるのだが


工場とは正反対の位置にあるため、社宅は中間地点となっている


さて


社宅を出てから駐車場に向かうまでの間に幼稚園があって


毎朝4時半過ぎ、その幼稚園を右手に見ながら通り過ぎるのだが


赴任して1ヶ月経った4月のある朝


いつものように駐車場に向かっていたOさんは、右手に見えてきた幼稚園の暗い庭を何気に眺めながら通り過ぎようとして


違和感を感じて足を止めた


街灯のあかりが届くか届かないかの暗い園内に滑り台があるのだが


滑り台の滑り終わりのところに、男の子が体育座りをしているのだ


もちろん幼稚園は閉められているし、ましてこんな暗い早朝に園児など居るわけがない


だが、暗くてシルエットしか分からないが確かに小さな男の子だ


いや、誰かが等身大の人形を置いて帰ったのだろうか??


Oさんは立ち止まったまま更に目を凝らす


「お兄さん?お兄さん?」


背後から小声で話しかけられギョッとして振り向くと


たまにこの時間に遭遇する、早朝散歩のお婆さんが立っている


「どうしたの?」


「あっ、いやあの、子どもが・・・」


そう小声で言いながらOさんは園内を指す


静かに足を忍ばせながら近づいてきたお婆さんが、正門の扉から園内を覗き込む


「あー・・・」頷いたお婆さん


「ほれ、早よけーれ!」

男の子のシルエットに声を掛ける


驚くOさん


男の子のシルエットも驚いたようにこちらを向く


その瞬間、目が金色に光った


「わっ?!」思わずOさんが声を上げたと同時に


今まで男の子だったシルエットが四つん這いになると


トーン、トントン、トーーーン


跳ね飛ぶように壁を越え、幼稚園を出て行った


「えっ、何ですか今のは・・・」


「キツネだよキタキツネ」


いやいやどう見ても人間の男の子だったけど??


「ほら昼間、子どもたちが楽しく遊んでるからなぁ」


「えっ?でも人のすがた・・・」


「キツネのままだと上手く滑れなかったんじゃないか?」


えっ、そんなメルヘンな話?


くまのこみていたかくれんぼー♪

おしりをだしたこいっとうしょー♪

いーいーなーいーいーなー♪

にーんげんっていーいーなー♪


Oさんの頭に曲が流れてきた


それから2週間ほど経ったが、幼稚園に子どもの姿は現れなくなった


5月になった


いつものように社宅を4時半過ぎに出る


今はまだ暗いが、5月後半にもなればこの辺りの日の出は4時半になるそうだ


6月なんて、もっと早くなって日の出が3時50分らしい


さすが北の・・・わわっ?!


いつもの癖で幼稚園の滑り台に目を向けたOさんはゾッとして立ち止まった


滑り台に座る成人男性のシルエット


見間違えじゃない

明らかに大人だ


咄嗟に後ろを振り返る

ここのところ、あのお婆さんとは遭遇していない


再度園内に向き直る

いつの間にか男性が直立してこちらを見ている


うわっ?!見つかった!!


心臓をギュッと掴まれサーッと血の気が引いたその時


男性の目が青白く光った

猫科の光る目とは明らかに違う


ハッと我に返ったOさんは全力で逃げた



それから数日は幼稚園を避け、もう一筋隣の通りから駐車場に向かっていたが


そのうち日の出も早くなり、あの暗かった幼稚園の不気味さもかなり薄れた


子どもの姿がキツネなら

あの男の姿は何だったのだろう


任期を終えて地元に戻ってきた今も、青白く光る目が脳裏に焼きついているそうだ

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