第102話 身近な仕置人

とあるラウンジ


店の女性A「Sさん、また既読スルーだしぃ」


客S「だって返信したら延々続いちゃうじゃないかお前は」


A「えっそんなことないよぉー?わたしそんなしつこいかな?」


S「女子高生じゃないんだから。LINEなんていつまでもラリーするもんじゃないでしょ」


A「・・・はい、申し訳ありませんでした」


Sが帰ったあと、ママがAを慰める


「Aちゃん、気にしないで」


それまで抑えていた怒りが今にも爆発せんばかりのA


そう、客さえも皆知っている


あのS、自分がLINEを投げたあと続きが返ってこなければ「返信ないけど?」と不機嫌そうに追LINEしてくるのだ


だからSが会話に飽きて返信をしてこなくなるまでLINEを続けねばならない、面倒くさい客なのだ


42才独身のSは、典型的なモテない要素をかきあつめて合成したような男だ


更に下品で下ネタしか言わないSを女性陣は皆、敬遠している


隙を窺っては身体に触れてくるため、ここは風俗じゃないと何度も注意されている


またSはいわゆるクチャラーというやつで


同伴なんかに付き合った日にはもう、犬のように咀嚼音を立てながら食べ、マナーもへったくれもない


周りのお客様も明らかに気になるらしく、どうしようもないという


そんなSだが、エンジニアとしての腕は良いようで、それなりのサラリーは貰っているらしい


多少面倒でも金払いが良いから、ママとしては繋ぎ止めておきたい客、という訳だ


ただそれにしても限度がある


最近は他の常連客が「あいつとだけは飲みの場を一緒にしたくない」と敬遠し始めた


「今日はS、来るの?」と確認が入る始末


そんなSが突然、店に来なくなった


ママや女性陣がLINEを送っても「うん、また・・・」と素っ気ない


週に2、3日は来ていたのに、これほどピタリと来なくなるなんて、彼女が出来たのかしら・・・なんて店で噂していた


そのうちLINEにも反応しなくなった


が、2ヶ月後、SからママにLINEが入ってきて


『今まで皆さんに迷惑掛けてしまい、申し訳ありませんでした。もう行くこともないので、お元気で』


なんだか唐突に別れの挨拶をされた



・・・2か月前、偶然に間違えてLINEを送ってきたノリの良い女性と仲良くなったS


もちろん詐欺を疑ったが、どうやら本当に間違えてLINEしてきたっぽい


それが結構重要そうな内容だったため、登録はせず、ただ『間違えてますよ』とLINEを返した


ところがそこから不思議に気が合ったというのか、意識しなかったから自然に会話が進んだと言うのか


住む地域も近く、実際会う事になった


彼女は35で、ハーフのような顔立ちをした超美形・スタイルも抜群


そんな、一生出会うこともないような女性と知り合い舞い上がったSだったが、何度か食事にも誘う事ができた


聞き上手の彼女に、仕事の愚痴や客先のこと、いろんなことを話した


またLINEでは、Sは下品でスケベな部分をあえて抑えていたのに、彼女から思わせぶりな内容が送られてくるようになった


そのうちSもストレートな下ネタで彼女とやりとりするようになった


知り合って1か月が経ち、Sが思い切って「付き合ってください」と申し出たところ


彼女も「私は既にそのつもりだった」と言う


でも私はまだ体の関係を持つまでには踏ん切りがつかない、あなたが私と一緒になると決めてくれたなら、あなたに全てを委ねます


そう言われたSはもう夢心地だ、今まで以上に彼女に心を許した


そんなある日、会社アドレスに、知らない相手から『告発』という件名でメールを受けた


そこにはSが漏らした内容として、会社や客先の情報が羅列されていた


"な、なんだこれは?!"


また、音声ファイルが添付されており


イヤホンで確認すると明らかに自分の声でベラベラと愚痴る内容が録音されている


"彼女の仕業だ・・・"


すぐにSはLINEを入れた


『会社にメールを送ったのは君か?!』


返信はすぐにきた


『私じゃない。私の旦那がやった』


『結婚してるの??』


『LINEのやりとりは、あなたから酷いセクハラを受けていた完璧な証拠になるので訴えると言ってます』


えっ?!


そこでこの2か月間の、彼女とのLINEのやりとりを遡ってみた


いま改めて気付いたが、ところどころ彼女側の送信が削除されている


削除された部分が無い状態で通しで読み返してみると


いつも彼女主導でやりとりしていた下ネタな会話が


まるで自分発信で、恥じらう彼女に一方的にエロトークしたかのような内容へと変わっていた


LINEの送信削除は、既読であっても24時間以内であれば消すことが可能だ(取り消しました、の表示は残る)


これ以上、LINEで会話するのはまずいと気付いたSは彼女に電話する


・・・が、出ない


そうこうしているとLINEがきた


『自分の身を守るため、証拠として録音していた内容がまだまだあり、会社に送ってもいいのですが、もしあなたが2度と私に付き纏わないとお約束くださるなら、夫もこれ以上は騒ぎ立てないと申しております。また、夫が調べましたところ、あなたは会社を危機に晒しているにもかかわらず呑気に飲み歩いていたようですね。あちこちで会社の秘密事項を漏らし、女性に対して同じように行き過ぎたセクハラ行為を繰り返しているのでしょう。これからはその全ての店に、2度と足を運ばないでください。あなたが今回の事を反省しているかどうか観察させていただきます。またその際、2度と出入りしない旨を店側に連絡してください。確認させていただきます』



俺「・・・それで来なくなったってこと?」


事務のM嬢「はい」


「でも、なんでそんなS側の内情に詳しいわけ?」


「Aが仕置人に頼んだからよ」


「仕置人?そんな『ひとり文春』みたいな子がおるの?」


「たくさん居ますよ。今回のは割と簡単な案件ですし。・・・あれ?ご存知なかったですか?」


「そんなんドラマだけやと思ってたわ笑・・・まさか貴女も、じゃないよね」


「わたし?私はもっと難しいのを。だから高いですよぉ〜?」

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