第96話 一生の悔い

辛い別れを乗り越えて精神が強くなることなど、あるわけがない


深く悲しい十字架を背負ったまま、生き続けるしかないのです



金曜日、AM10時過ぎ。


ここのところ全く休みの取れていなかったYさん(50)は久々に有給を取り


昨晩からずっと寝続けていたが、固定電話の鳴る音で目が覚める


いつから鳴っていたのだろうか・・・誰も出ないが、妻は買い物だろうか


「出てくれたらよかったのに」と妻に小言を言われるかも知れない


のそっと起き上がったYさんは、リビングで鳴り続ける電話機の前にきて受話器を取った


「はい、Yです」


『・・・あ、◯◯ちゃん?』


「ああ、おはよう。久しぶり」


『どうしてこんな時間にいるの?休み?』


「そう。久しぶりに休み取れたから寝てた」


『あ、寝てたの?ごめん起こしちゃって・・・』


「それより母さん、何?」


『あー、うん、特に何もないんだけど。皆んな元気にしてるのかなーって』


「こっちは元気だよ。それだけ?」


『今朝、すごく寒かったでしょう・・・皆んな大丈夫だったかなーって』


「あ〜そっちは山の上だもんなぁ〜そりゃ寒いわね。あ、なんか正月は帰れなくてゴメン。・・・うん、また近々、行くわ」


『分かったー、まだまだ寒いから気をつけてねー。皆んなにも宜しくねー』


「はいはーい」


受話器を置く


面倒臭いわけではなかったが、寝惚けていたのもあって、素っ気なくしてしまった


仕事で精神的にも疲れているし、休みくらい束縛されず、ボーッとしていたいし


気付けば一年半ほど実家には寄っていない

いや、行こうと思えば車で1時間も掛からないのだ


「何かあればいつでも行けるし」という適当感があるだけのこと。


3連休が明けた


月曜日、PM14時半


会議中に内線が入る

警察から電話が掛かっているという


「えっ?私に?」


事務員「急ぎだそうです」


「わかりました、場所を変えて受けます」


会議室を出て応接室に入ったYさんは保留中の外線を取る


「お待たせしました、Yでございます」


「Y◯◯様でいらっしゃいますか?こちらは◯◯警察の◯◯と申します。実は、大変申し上げにくいのですが・・・」


両親が亡くなったという連絡だった



新聞配達員が、数日溜まった郵便受けを不審に思い民生委員に連絡


訪問した担当者が屋内に反応がないため、消防に通報


消防隊が鍵を開けて入ったところ、寝室で布団にくるまったまま亡くなっていた父・母を発見したという


郵便受けには金曜日の朝刊以降が回収されずに溜まっており


警察「推定されるお亡くなりの時刻からも、おそらくあの、金曜未明からの大寒波で・・・暖房器具も付いていなかったようですし・・・」



Yさん(72)の十字架は、今もなお重くのしかかっている

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