第95話 儀式
午前0時。
近所の工場の夜勤に向かう伊藤さん(63)が、通勤経路にある公園を右手に見ながら歩いていると
街灯に照らされたグラウンドに、黒い塊が落ちているのを見つけた
衣類?
ビニール袋だろうか?
それほど気にもせず、目線を前に戻して歩き続けようとすると
目の端に一瞬、動きを感じて再度グラウンドを見る
先程の塊が、ファサッと何かを黒いマントで覆い直した・・・そんな風に見えた
いま動いたか?
伊藤さんは立ち止まり、暫しその黒い塊を見つめる
いや、ただの風か・・・と思った次の瞬間
「ふっふっふっふっふ・・・」
黒い塊の方角から、まるで舞台俳優が低く嘲笑するかのような声が聞こえてきた
「こんな・・・終わると・・・・」
誰もいない公園から、再び男の声が聞こえてきた
ゾッとした伊藤さんは慌てて公園を離れる
あれは、あの黒い塊が喋ったのだろうか?
歩道の自分とは20メートルほど離れていたと思うが、塊は50センチくらいだった
人間がうずくまっているようなサイズではない
工場に着くまであれこれ考えていた伊藤さんだったが、キリがないので深夜作業に集中することにした
夜勤を終えて帰宅途中の、朝7時過ぎ
公園のあたりに差し掛かると、通勤途中のサラリーマンやOLが立ち止まって公園を眺めている
伊藤さんは更に近づく
20人ほどの警察官が、グラウンドでシートを張って何かやっている
あ・・・
何かあったのだろうか?
立ち止まっているサラリーマンに聞いたところで何も知らないだろう
伊藤さんはその場を去る
家に帰り、仮眠を取った伊藤さんは、午後4時に目覚めた
夕刊に何か出ていないかと新聞を隅々まで確認してみたが、特にそれらしいニュースは載っていなかった
それから2週間後
「・・・伊藤さんって、いつも◯◯公園の横を歩いて来られますよね?」
同僚に声を掛けられた
「ああ、そうだけど・・・どうした?」
「このまえ殺人事件あったのご存知です?」
「えっ?!」
伊藤さんが黒い塊を見た日の朝5時過ぎ、公園まで犬の散歩に来た老人が、グラウンドに落ちている黒いコートを見つけた
コートが何かを覆っているかのように膨らんでいるので近付くと
犬が突然、コートを咥えて引っ張った
「切り取られて間もない男性の首が転がり出てきたらしいです。両目もくり抜かれて。」
その後犯人はすぐ特定されたが、精神異常を来たした女性の犯行であったため、報道が控えられた可能性があるという
「ですがその女性とウチの嫁が以前、パートで同僚だったらしくて。直ぐに話が流れてきたそうです」
「男性の首って、じゃあ旦那さんとか?」
「いや、その女性・・・常日頃から『私の弟は悪魔だから早く止めないと』って言ってたらしくて」
「じゃあ被害者は弟?」
「そこまではまだ聞いてないですけどね」
胴体はまだ発見されていないそうだ
なぜ公園のど真ん中に首を放置したのかも不明だが
あの日聞こえた嘲笑は誰だったのか
そのあと聞こえた「こんなことで終わると思うのか」は
何が終わらない、という意味だったのだろうか
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます