第94話 エレベーター
最近マンションを引っ越したOさん(28・女性)
思い切って転職したが給料が下がってしまい、家賃の安いところに移らざるを得なくなった
今度のマンションは築が古くセキュリティーも無いに等しいが、その分、格安だ
6階建の5階でエレベーターを降り、左手の角を曲がって突き当たりがOさんの部屋だ
コの字の下段の左端、と言えばわかりやすいだろうか
28世帯が暮らしていて、若者もいれば老夫婦もいるようだ
住み始めて1ヶ月が経った
Oさんは毎夜19時ごろ帰宅するのだが、エレベーターに乗った時に「あれ?」と思う事があった
旧式のエレベーターで、窓のあるタイプだ
エレベーターに乗ると正面(前を向くと背後)は鏡だ
扉側に向き直り、5階を押すと扉が閉まり、上昇を始める
その時だ
2階を通過する際、2階エレベーター前に人が立っているのが見える時があるのだ
おばさんなのか髪の長い男性なのかは不明で、俯きかげんで立っているから表情も分からないが毎回、同一人物だ
もう7〜8回は遭遇しただろうか
違和感を感じるのは、降りたエレベーターを振り返ってもエレベーターが止まっていることだ
"私が2階で止まらず5階までノンストップで上がってこれるのは、その人が、上がりたいのではなく下りたいから、ってことよね"
なのに自分が降りた後もエレベーターが止まったままってことは、階段を使ったのかもしれない
そんなある日、帰宅していつものようにエレベーターに乗り
エレベーターの窓越しに、またあの人が2階にいる・・・と思った次の瞬間
"えっ?"頭がこんがらがった
次の3階エレベーター前にも同じ人が立っていたのだ
"えっ?えっ?"
5階で降りたあと、今しがたの光景を脳内巻き戻しする
いや確かに2階で見た人を3階でも見た・・・ような気がする
釈然としないまま部屋に戻った
ところがそれ以降
2階ではなく、3階フロアであの人物が立つようになった
どうして階が上がった?
見かける頻度も増えてきた
住み始めて2ヶ月弱。
Oさんはようやく、明確な恐怖を感じはじめた
帰宅時エレベーターに乗るのが怖くなってきたが、かといってエレベーター脇の階段を上がるのも怖い
それとなく会社の同僚に話してみると「住んでる人に聞いてみれば?」と言われた
まあ、至極当然のアドバイスだ
Oさんは休日、何度かエントランスで見かけた1階の老夫婦宅を訪れた
インターホンを押すとお婆さんが出る
『はい?』
「あっ、すみません私、2ヶ月前にこちらに引越してきて、今は5階に住んでいるOと申します」
『はい、何か?』
「すみません私、こんなこと誰に聞いて良いのか分からなくて・・・◯◯さんなら何がご存知かと思い、伺いました」
『・・・お待ちください』
程なくして玄関ドアが開き、お婆さんが出てこられる
「どうかなさいました?」
「あの・・・本当におかしなことを言うのですが・・・」
Oさんはこれまでエレベーターであったことを話した
その間、「ええ、ええ」顔色も変えず聞いていたお婆さんだったが
Oさんがあらかた話し終えると、「ちょっと待ってくださいね」ドアが閉じられる
2分ほどして再び玄関が開き、お婆さんはOさんにメモを渡してきた
「ごめんなさい。あまり話したくないんです。それ、読んだら捨ててください」
扉が閉められた
"話したくないって、何?"
その場でメモを開いて読んでみる
【エレベーターに乗る時、前を向かず必ず鏡を見たまま上がってください】
・・・どういうこと?
それ以降もOさんは、背に腹は変えられず格安のそのマンションに住み続けているという
それというのも、帰宅してエレベーターに乗ってもあの人物を見かける事がなくなったからだ
どうやら鏡には映らないらしい
「あのまま正面向いてエレベーターを使い続けていたら多分・・・4階、5階と上がってきたかも知れません」
Oさんは苦笑いしながら言うが、既にもう、5階で待っているかも知れない
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