第89話 間一髪

女性の皆様はあまり、そういった遊びをされなかったと思うが


我々が小学生の頃、遊びの中心は「探検」だった


近くの森や林などは格好の探検スポットだった


他にも、道ではない道・・・入っちゃいけない家と家の隙間とか


入っちゃいけない休日の工事現場とか


そういった、未知の領域に踏み込むのが最高のスリルだった


「探検」をする時に有利なのは細い子・軽い子・小さい子で


俺のようなぽっちゃり体型は、なかなか小回りが利かず最後尾を付いて行った


小4に上がりたての頃だったと記憶しているが、仲間の1人が


近所の溜池の近くに、小学生1人なら匍匐(ほふく)前進で通り抜けできそうな地下トンネルを見つけた


地下トンネルと言ったが、要は用水路だ


農道を横切って田んぼに続く部分には蓋がないのだが、池に繋がるルートは、生い茂った草むらの中を通っていて、コンクリートの蓋がされている


当時の我々は、それが用水路だとも、池から田畑に繋がっているとも理解していなかった


用水路だと思わなかったのは、コンクリートの底が渇いていたから、というのもある


「このトンネル、どこまで続いてるんかな?」

「スパイが作った秘密の道とちがう?」

「潜ってみる?」

「えーっ!虫いるやん!」

「虫怖いんか?俺は行くで!ほかに行く人!」

「はい!」

「おれも!」

「・・・はい」

「え〜っ、分かったじゃあ行くわ」


てな感じで全員参加することになり


5人だったか6人だったか忘れたけれども、順番にその横穴に入っていった


トンネル自体は暗いが、先の先の方に、あれは出口なのだろうか、ぼんやりとした明るさが確認できる


スペース的に足で蹴るような余裕もないから、手だけでモゾモゾ進んでいく


他の皆は余裕があったかも知れないが、俺は穴キチキチだった


気持ち悪いなぁと思いながらも、皆に遅れてはならんと必死に付いて行く


しばらく体がつかえながらも進み続け、ふと前を向くと


ついさっきまで見えていた、前の子の靴が見えない


えっ?


「おーい!いるー?」声を掛けるが返事がない


えっ?消えた?

置いてかれた?


焦った俺は、更に速度を上げようと引き寄せる腕に力を入れた瞬間


全く動けなくなった

完全に体がハマってしまった


焦って体を捻ろうとするがビクともしない


動かせるのは、肘から先の腕と頭と足先だけ


「おーい!いるー?!おれー!」


呼びかけるが、トンネルの奥からは何の音も聞こえない


時計なんて付けてないので分からないが、潜り初めてから10分くらい経った辺りだろうか


何度も何度も体を前に進めようとするが1ミリも動かせない


これはもう、前に進むより下がったほうがいい


皆にからかわれるだろうが仕方ない


よし、バックして戻ろうとして


動けない・・・

全く、身動きが取れない・・・


そこでようやく、俺は焦った


"出られない!"


先に行ったあいつらは、俺がトンネルで動けなくなっていることにいつ、気付くだろうか


潜り始めたのは多分午後3時ごろだと思うが・・・


それから、恐ろしいほど長い時間が過ぎた


その間も必死に体を動かしたり叫んでみたりしたが、状況は何も変わらなかった


お父さん・・・!

お母さん・・・!


いつの間にか泣きべそをかいていた


ていうかこんなに時間が経っているのに、なぜ友達は俺を探さないのか


あと、身動きできない時間が長いから、体が微生物に食べられ始めてるんじゃないだろうか


そういえは随分前から足がかゆい・・・足だけじゃない、からだじゅう、かゆい!!


そんなことを想像するたび、恐怖で必死に体を動かそうとするのだが、コンクリートはビクともしない


もう夜になったかな・・・

このままミイラになるのかな・・・


また怖くなってきて「あああ〜〜〜っ!!!!」と泣き叫びながら体を捻ろうとした瞬間


グイッ。


あ、あれっ?


再度、背中に力を入れる


グッ、グッ。


あっ!

ああっ!!


そうかこの穴、上はコンクリートの蓋だった!!


身動き取れなくなってからずっと、上に押してみるという考えがなかった


いや、蓋はめちゃくちゃ重いのだ。

だが微かに「浮く」ことは分かった。


それからは、力を貯めては背中で押し、貯めては背中を押し、を100回ほど繰り返しただろうか


ブチブチッと根っこが切れるような感覚と共に、ついに蓋が斜めに浮き上がった!!


必死に頭を出し、出した手で草むらを押し付けながら足を引き出す


ああ!!

出られた!!!


生い茂る草むらのど真ん中、辺りは夕暮れだ


出られたことの安堵でまた泣きべそをかきながら、草むらを抜け、家に帰った


家に着くと時計は夕方6時15分


思ったほど時間は経っていなかった・・・


「あんたそれどこで遊んできたん?!草か?蜘蛛の巣か?ミノムシみたいやで!」


オカンに笑われた


風呂に入りたかったが「風呂なんかまだ沸かしてへんわ!」と言われ、濡らしたタオルで身体中を拭く


翌朝。


学校に着くと昨日の皆んなが来ていて、開口一番


「T!昨日どうしたん?!やっぱり逃げたん??」と言う


「お前らこそ俺を放って帰ったやろ!」


「ちがうちがう!池のおっちゃんに見つかって怒られとったんや!」


聞けば昨日、穴からゾロゾロ出てきた先が大きな正方形の穴になっていて、正面に鉄板、その横に赤いハンドルが見えたという


コンクリートに打ち付けられたハシゴのようなものを登って穴から出ると、正面に溜池があり


そこで作業していた男性に見つかったのだという


どこから出てきたのかと聞かれ、その穴を潜ってきたと答えると、それはもう烈火の如く怒られたそうだ


「お前らぁ!!おっちゃんがここの栓、まだ開けてなかったから良かったものの!!池の水流してたらどうなってたか分かるか!!お前ら皆、溺れて死んでたんやぞ!!」


もう2度とこんな遊びするな!!

学校にも電話しとくからな!!


散々説教され、解放されたらしいが


皆はてっきり、俺は穴の出口まで来ていたが、皆がおっちゃんに怒られているのに気づいて慌てて引き返した、と思ったそうだ


「けどもう2度とあんなとこ潜らんとこうな。おっちゃん夕方6時に流す言うてたけど、もっと早かったら俺ら、ホンマに死んでたもんな・・・」

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