第87話 鬼餅

昨年の1月。


サラリーマンのOさんが実家に寄った際、母親からムーチー(鬼餅)を持たされ帰路についた


ムーチーとはその昔


人を喰らう鬼となった兄を、身内としてどうにかしろと責められた妹が


作った餅に鉄板(釘)を入れ兄に喰わせ、怯んだところを崖から突き落として退治したことから始まったとされる


今では旧暦の12月8日(新年1月15日ごろ)に、厄除けとして食される


さてOさん、実家から自宅までは歩いて15分程度だ


21時過ぎ、実家を出て田舎道を歩いていると、左手の林から「わんわん!わんわん!」と犬に吠えられた


ん?

野良か?


わん!わん!わん!


その鳴き声はどうやら自分と並走しているようで、じわじわ近づいてくるようにも感じる


気味が悪いな・・・


左手を気にしながら少々足早に歩いていると、道の正面に犬がいるのに気づく


あっ、と足を止めたOさん

今まで横で吠えていた犬が先回りした?


コウモリのような顔に斑点のある胴体。


街灯の明かりに照らされたそれは、何というのか犬というよりはハイエナに見える


わん!わんわん!正面の犬が吠える


やはりそうだ、先程まで林から吠えていたやつだ


正体を現したは良いが、なぜ俺に吠えているのだろう?


歯を剥き出して唸り声を上げているわけでもないから、身の危険はあまり感じない


少し近付いてみる


お?

犬が下がったぞ?


なんだ?えらく臆病だな

臆病な犬ほど吠えるというが・・・


今、この通りには自分とその犬だけだ


「おい、イングワー(犬)。何か用事か?」


ジーッとこちらを見ている犬


更に近付くと、左手の草むらに下がりながら「わん!わんー、わんわん!」と吠えてくる


何だよ?

俺に何の・・・あ、これか?


右手にさげたムーチーの紙袋


「これ?」紙袋を犬に掲げると犬が座る


えっ、本当にこれ?


「ムーチー欲しいの?」声を掛けながら近付くと、犬はお座りをしたまま逃げずにいる


「わかったよ笑」


目の前まできたが、犬は逃げずに座ってこちらをみている


Oさんはその場にしゃがむと、袋から月桃の葉に包まれたムーチーを1つ取り出す


犬はおとなしく見ている


葉を開き、犬の前に置く


「ゆっくり食べろよ?」


そう声を掛けると、犬は置かれたムーチーを食べ始めた


「なあお前、もしかして実家からずーっと付けてた?ムーチー持ってるって知ってたのか?」


一瞬にして食べ終えた犬は、顔を上げてOさんを見つめる


「なに?もう1個?笑」


Oさんは2個目を開き、犬の前に置く


ところが2個めのムーチーを、葉ごと咥えた犬はスクッと立ち上がると


Oさんが今きた道を、実家の方角に向けてトットットッと走り去っていった


2月に入り、実家に寄る時間ができたOさんは、ふと1月のムーチーのことを思い出して母親に話した


「はて・・・そんな変なイングワー、見たことないけど?」


Oさんは、まだ陽も高かったので久しぶりに実家の裏の林に入ってみる事にした


5分ほど林道を歩いた先に廃神社がある


小さな頃から、もうあそこには神様は居ないから鳥居をくぐってはいけないと言われていた場所だ


小さな神社だ


くぐるなと言われたが何度も入っている


鳥居をくぐり、草木を掻き分け、濡れた石段で滑らないように気をつけながら進むと、すぐに小さな社がある


不思議だなぁ・・・

この場所だけ音がしない・・・おや?


社の台の上に乾いた月桃の葉が置いてある


置いてある、と思ったのは、葉の端に、落ちないよう石が乗せてあったからだ


葉を摘んで拾い上げ、裏返してみて驚いた


マジックで『紅』と書かれている

そしてそれは見慣れた母親の字だ


母親は毎年ムーチーを3種類作るが、月桃の葉で包んでしまうと見分けがつかなくなるので


ノーマルを『白』

黒糖入りを『黒』

紅芋入りを『紅』


マジックで書くのだ


その葉を持って実家に戻る


「おかぁ、これおかぁの字だよな?」


「ん?あら、そうだね」


「おかぁ、今年のムーチー、裏の神社にお供えしたか?」


「えっ?してないよ?家の仏壇だけだよ?」


・・・あいつだな。


そんなわけで今年は、裏の神社にもお供えしてくるそうだ

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